ロー 


「なあ男性、別れようぜ。」

自分の左手の薬指にはめられた指輪をなぞりながら目の前の男性に伝える。ほんの好奇心だった。男性の事は今でも愛してるし、これからもそれは変わらないだろう。ただ、反応が見たかっただけだ。固まって動けない男性を見て、そろそろネタばらしをしようと思い口を開くが、男性から発せられた言葉にそれは遮られる。
「わかった。」
「え?」
「わかったって言ったんだ。ロー。」
それじゃあ。と、男性は自分の薬指にはめられたローと揃いの指輪を外して、船長室から出ていこうとする。
「男性!」
振り返った男性は冷めきった目をしていて、冗談だと言おうとしたが言葉が出てこない。
「これからも、よろしくお願いしますね。キャプテン。」
伸ばした腕は男性に届かず、無情にも扉は音をたてて閉まってしまった。



ロー……、キャプテンから別れようと言われた。お互いに好き合っていたと思うし、キャプテンに対してなにかしたつもりもない。別れようと言ったキャプテンの顔は至極真面目見えて、その言葉に嘘は無いのだと思った。だから、きっと飽きられたのだ。キャプテンと付き合えて、揃いの指輪を受け入れて貰えて、浮かれていた自分が悪いのだ。だからこの言葉は素直に受け入れよう。了承の言葉を伝えるとキャプテンは目を見開いた。どうやら、縋られると思っていたらしい。しかし、自分はまだキャプテンのことを愛しているのだから、下手に縋ってこれ以上嫌われたくない。せめてもの反抗として、揃いの指輪をキャプテンの部屋のソファテーブルに置いていく。呼び止められて、振り返ると、キャプテンはなんだか焦った様な顔をしていたが最早自分には関係ない。別れたからといってこの船を降りるつもりは無いので、とりあえず挨拶をして船長室を出る。



あの日から男性は自分の事を避けているようで、なかなか会うことが出来ない。呼び出せば来るだろうが、そんな事をして余計に男性に嫌われるのは嫌だ。そう思うと全てが面倒になって、必要最低限は部屋から出ない事にした。今日も自室のソファに座って、男性が置いていった指輪を眺める。



「なあ、男性。最近船長と何かあったのか?指輪もしてねぇみたいだし。」
朝食をとっていると正面に座っているシャチが話しかけてきた。
「ああ、別れた。」
「ふーん、別れ……はあ?!」
まじで言ってるのか?まじで言ってるもなにも事実だからな。振られたんだ。そう言うと、シャチは再び驚愕する。
「船長が?お前を?」
有り得ねぇ!とシャチが叫ぶが、実際有り得たのだからそうなのだ。するといつの間ににか横に来ていたペンギンが、成程なと呟く。
「成程って、何が?」
「船長が、最近部屋から出て来ないんだ。」
「ふーん……。」
キャプテンに振られてから、なるべく会わないように行動していたから知らなかった。元々、本を読むなどしてあまり部屋から出てくるような人では無かったが、男性とつき合うようになってからは、比較的出歩くようになっていたように思える。
「声を掛ければ返事は返ってくるが、あまり食事もとっていないようだ。」
鍵も掛けているらしく、部屋に入ることも出来ないらしい。


だから男性、お前ちょっと行ってこい。有無を言わせない感じでペンギンに食堂を追い出され、今はキャプテンの部屋の前だ。ペンギンには悪いが、振られた自分が行っても何も解決しない気がする。溜息を吐きながら扉をノックする。
「誰だ。」
久し振りのキャプテンの声だ。
「男性です。お話があって。」
声を掛けると、カチャンと鍵が開く音が聞こえる。入ってこいということだろうか。失礼しますと扉を開け、部屋の中に入る。何日か振りのキャプテンの部屋だ。キャプテンはソファに座っている。
「……なんだ。」
用件を言わないからか、キャプテンが声を掛けてくる。 
「あ……、ペンギンからキャプテンが最近食事をとってないって聞いて……。」
「っ、いらねぇ。」
絞り出すようなキャプテンの声。やはり、嫌われた自分が言っても無駄だったと部屋を出ようとする。
「みんな心配してたので、少しだけでもいいですからちゃんと食べてくださいね。」
失礼します。と出ていこうとすると、何か聞こえた。
「え?」
「っ、……お前、は?」
振り返ると、キャプテンがソファから立ち上がりこちらを見ていた。その顔は寝ていないのであろう、隈が濃くなり、顔色も良くない。痛々しい姿に胸が苦しくなる。
「……俺も心配ですよ。あなたのクルーなんですから。」
そう言うと泣きそうに歪められるキャプテンの顔。どうしてあなたが泣きそうになるんだ。するとしたの方で何かが光った様な気がした。その光の先を見ると、キャプテンの指にはめられた銀色の指輪。
「キャプテン、それ……。」
別れたのに、あなたから振ったのに……。何故はめているんだという思いが伝わったのか、キャプテンは左手を隠してしまう。
「これは、おれのだから……。」
ぎゅうっと左手を握る手には痕が残りそうなほど力が入っている。その力を弱めようと近づくと、後ずさるキャプテン。部屋の隅まで追い詰めて逃げない様に、身体の横を両腕で塞ぐ。
「ねえ、俺たち別れたんじゃ無いんですか?」
声を掛けると、可哀想なほどびくつくキャプテンの身体。
「俺、キャプテンに振られましたよね?」
「……振ってない。」
どういう事だ。俯いて目を合わせようとしないキャプテンの顎に指を掛け持ち上げる。
「どういうこと?」
無理やり目を合わせると、途端に濡れていくキャプテンの瞳。
「……ちが、っ、あれは、嘘、でっ……。」
……嘘。なんて質の悪いを嘘つくのだろうか、この人は。
「……じゃあ、ローは俺の事どう思ってる?」
「っ、男性、すき……っん」
ローの言葉を聞くや否や口を塞ぐ。舌を入れて歯列をなぞり、上顎を刺激する。
「んぅ、……ふ、んぁ、……っ」
「……っは、ロー、俺もローのこと好きだよ。愛してる。」
そう言って、再度唇に軽いキスをすると、ロー瞳から零れる涙。それを指で拭う。


あれから、少しの間泣いていたローは、泣き疲れたのか男性の腕の中で眠ってしまった。ローを起さないようにベッドへと運び、縁に腰掛けローの寝顔を眺める。

「ん……、」
「あ、起きた?」
「……男性。」
暫くして、ローが身じろぐ気配がしたので、顔を覗き込み頭を撫でる。気持ちよさげに目を細めるローを見て、そういえば、と声を掛ける。
「ねえ、ロー。俺に何か言うことがあるんじゃない?」
途端にバツの悪そうな顔をするロー。
「……た。」
「何?聞こえない?」
「……っ、悪かった!」
「いいよ。」
ふふっと笑って瞼に軽いキス。

「そういえば、なんであんな嘘ついたの?」
「……冗談のつもりだったんだ。男性がどんな反応をするか見たくて……。」
でも、お前が指輪を置いてさっさと……。ローの目線が下がっていく。だから、振り返った時のあの表情だったのか。もう、戻って来ないかと思って怖かった。男性に擦り寄りながらローが呟く。
「俺はローに飽きられたのかと思って辛かった。ペンギンに言われなかったら、こうしてまた一緒に居ることも出来なかったかもね。」
ペンギンに感謝だ。彼には今度の島で何か奢ってあげよう。そこでふと気が付く。
「あ、そういえば俺の分の指輪は?」
反抗の意を示してローのソファテーブルの上に置いていった指輪はそこには無い。ああ、それならと、ローが書類を書く時などに使っているデスクの引き出しを指さす。デスクに近付き、引き出しを開けると、そこに小箱に大切に仕舞われていた指輪を見つけた。それを指にはめ、ローの元へ戻る。
「はあ、これに懲りたらもう変な嘘つかないでよね。冗談も禁止。俺、ローに嫌われたら生きていけないから。」
ローの隣へ寝転がり、濃くなった隈を指でなぞる。
「悪かった……。おれも男性が居ないと嫌だ……。」
「うん。あと、ご飯も食べて、ちゃんと寝てよね。みんな心配するから。勿論、俺も。」
そう伝えて、ローが頷くのを確認すると、じゃあもう少し寝よ。と布団を被せる。ローを抱き寄せて、起きたらご飯食べに行こう。と言ってから、ローが目を瞑ったのを確認して、男性も目を閉じた。




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