「...報告は以上です。」
「あぁ」
国王陛下となり公務をこなすノクトにイグニスと共に付き、幾つもの季節が過ぎて行った。
無邪気だった時間は記憶の断片となり、仕える身としての相応しい所作、立振る舞い、言葉遣いは最初こそくすぐったい気持ちにさせたが、習慣とは恐ろしいものですぐに慣れた。
それでも、夏になるとふとした瞬間にあの時の事を思い出してしまう。
日差しがそうさせるのか、と一瞬頭に過るがすぐに今この時へと意識を戻す。
「カーテンを、閉めますね」
「あぁ..」
太陽が一番高い所へと昇り、日光浴にしては少し日差しが強すぎる。
nameは窓の方へと向かいタッセルが付いた紐を解いて遮光カーテンを引いた。
「もう一つ、報告があるんじゃないのか?」
「え?」
書類に目を通していたノクトが不意に聞いてきた。
何の事だろうかとカーテンを握ったまま考えていると、ノクトは引き出しを開けて何かを取り出し席を立った。
いつの間にか自分の後ろへと立っていたノクトが左腕を取り、驚いて振り返った。
「ノク...陛下、」
予想外な事をされて思わず昔の様に名前を呼んでしまいそうになり、すぐに言い直した。
「ふはっ...慌てすぎだろ、それに二人の時は名前で呼んでも構わねーよ」
「そういうわけには...」
そう言いかけてノクトの顔を見ると、哀しみのような何とも言えない瞳をして見つめていた。
あの時
悪い、と一言だけ言った時と同じ瞳だ。
眩暈が襲い、視線を逸らしてしまった。
自分の左手を握っている手に一瞬力が込められた感覚がした。
「陛下...ノクト、」
「サムシングブルーだったか?」
そう笑いながら淡いブルーのリボンを手に巻き付けてきた。
アンティークのような風合いの金の封蝋には、ルシス王国の印が押されている。
手にひんやりと金属の感触が当たった。
イグニスとの婚約の事なのだろう、その正式な報告はまだか?と。
「婚約のご報告は後程、2人共に参ります...」
「幸せを願っている」
パチン、とボタンが留められる音がして左手首にサムシングブルーのリボンのブレスが付けられた。
古くから言い伝えられている、新郎新婦の末永い幸福を願うおまじないの一つだ。
「...ありがとう、ございます」
顔を見れずに俯き加減に礼を伝えた。
それ以上は何も言わないでほしい。
「すまなかったと、ずっと思ってる。ずっと、あの時―」
「何も、陛下に謝られるようなことは...記憶にはありません」
言い終える前に、顔を上げてノクトの瞳を見据え伝えた。
「name..」
「まだ、やることがありますので..失礼致します」
握られた手をそっと離し、部屋を後にした。