マナーモードで小さく揺れるスマートフォンのディスプレイを見ると
レノからの着信だった。
「はい、」
『おーname!お前今どこにいるんだ、と』
「今?本社ですよ、報告書書いてます」
『さすがだぞ、と。俺の報告書も机の上に置いてあるから一緒にまとめて書いておいてくれ〜助かるぞ、と』
「は〜い・・・って、え!?書く!?一緒に“提出”じゃなくて、私がレノ先輩のも書くんですか!」
「頼んだぞ、と」
そういって一方的に電話が切られてしまった。
「えええ〜〜〜〜〜〜夢の定時上がり・・無理・・・」
あと10分、というところでレノからの指示。
ルードとイリーナは警備に出かけ、主任であるツォンは出先からそのまま直帰の予定。
レノの机を見ると割と束になって放置されている報告書。
ツォンにいつも急かされているのにスルーし続ける神経が図太いと改めて感じる。
シンと静まり返っている室内。
モニターに映っている神羅のロゴマークが目に眩しい。
「・・・今日誕生日なのになぁ」
年に一度のバースデー。
一緒に過ごす恋人はまだいなくても、自分の為にご褒美を買おうかなとささやかな楽しみを励みに報告書も書き上げるところだったのに・・・のに!
あーあ、と大きく伸びをして机に突っ伏す。
「ちょっとだけ、10分・・5分だけ」
帰りはあそこのケーキを買おう、とそんなことを思い浮かべながらうとうとと眠りについてしまった。
―――――
「だっ!何時・・!?」
時計を見ると20分ほど経っていた。
驚きと共に立ち上がるとバサッと自分の身体からジャケットが落ちた。
「あ」
モニターの前には直帰する予定のはずのツォンが座って書き物をしている。
「起きたか」
「しゅ、主任いつからそこに・・・」
「あと10分したら起こそうかと思ったがな」
笑いを含み答えるツォンを見て、素の自分の姿を見られた恥ずかしさとジャケットをかけてくれていたツォンの優しさに何とも言えない熱がこみ上げた。
ジャケットを拾い上げ、礼を言って渡しそのまま眠気冷ましのコーヒーを淹れに向かった。
「主任もいかがですか?」
「あぁ」
短く返事をした後にデスクから立ち上がった音が聞こえた。
「レノの報告書は放っておいていい、本人にやらせるように。それから、」
・・・バレている。さすが主任、とnameは思った。
あはは、と誤魔化すように笑いながら二つ分のカップを持ち振り向くと目の前に来たツォンは受け取りながら身を屈め、耳元で小さく囁いた。
「誕生日おめでとう、name」
「えっ」
驚き言葉を出せないでいるnameにツォンはそのまま続けた
「明日は定時上がりで、な。行きたい店があるんだろう?」
そう言って小さく微笑むとデスクに戻った。
ドキドキと体全体を揺らす心音を落ち着かせようとコーヒーを口に含んだところで室内のドアが開いた。
「name!!!誕生日おめでとさん、だぞと・・・って、あれ」
ケーキとプレゼント、花を両手に抱えレノ・ルード・イリーナが入ってきた。
「あら、珍しい。nameコーヒーブラック飲めなかったでしょ?」
イリーナにそう言われて砂糖を入れ忘れたことに気付き、薄らと苦味が舌を覆う。
「レノー。報告書の提出が溜まってるぞ」
「んげ・・・」
砂糖のかわりに落とされた言葉が口の奥でほんのり甘さを広げているような感覚がした。
nameはそんなことを思いながらもう一口コーヒーを飲んだ。