「ごきげんよう、皆さん」
コツコツと小さくヒールの音を鳴らし、カースト上位たちの元へと降り立った。
いつもなら絶対に自ら輪の中に入ってくることがないnameが笑顔と共に現れたので、誰もが動揺の色を浮かべている。
「たまには私も皆さんとお話ししようかと思って」
ニッコリと笑顔でそう伝えると、リーダー格の女子が慌てたように言葉を返してきた。
「か、彼女...初めてお会いしたからお話を伺っていたの」
「そう、何か興味深いお話でも?私も是非お伺いしたいわ」
そう言うと集団たちは化粧室へと行くと言って足早に去って行った。
彼女の方へ向き直ると小さな声でお礼を言われた。
「...怖いわよね禿鷹の集団って」
そう真面目な顔で言うと、彼女は目を丸くして驚いた後にプッと小さく吹き出した。
「私はname。宜しくね」
「...イリスよ」
「イリス...花の名前?それとも虹の女神の名前かしら」
名前の由来などに興味があるnameが目を輝かせながら聞くと、そんな風に聞いてくる者が今まで居なかったのかイリスは不思議とでも言いたげな表情を浮かべていた。
「貴女のご両親はとても聡明な方なのね。素敵な名前をあなたに授けてるもの。」
そう伝えるとイリスは照れたように笑っていた。
◆
それから何度かお茶会や夜会でイリスと顔を合わせた。
二人で話すこともあれば、最近顔を出すようになったという同世代の男女のメンバー数人とテーブルを囲むこともあった。
それぞれが他国へと行った時の話や、食べた料理の話が聞けるのでnameにはとても興味深かった。
いつもイリスは美しいドレスとジュエリーを身に纏い、それは彼女の為に用意されたように寸分の狂いもない。
とてもよく似合っていると思った。
何より、笑うときに少し顔を下に向けて手を当てる仕草がその場に居るどの女性たちよりも美しくnameは見るのが好きだった。
お互いの家に数回訪れたこともあった。
自分の家に来たときは、母は喜びミッドガルではなかなか食べる機会はない―提供している店もそうそうない―料理を振る舞っていた。
スパイスを利かせたその料理は意外にも兄上であるルーファウス神羅は好んでいるようで、昔に訪れた国で食べたという話を聞かせてくれた。
大人ぶって父親を真似て食べた料理が実はとても辛く、それでも絶対に咳き込まないと我慢していたら
何か盛られたのではないかという心配を護衛達がして大変だったとユーモアを含めた話は聞く人を惹きつけて、流石だと感じた。
イリスの別荘へと招かれた時は、ミッドガルから少し離れた湖水地方だった。
湖を見ながら詩の話を聞き、アフタヌーンティーを楽しんだ。
履いていた靴を脱ぎ、芝生をはだしで歩き、太い大きな幹の木へと少し上り湖を眺めた。
「貴女のお兄様に野生児みたいって言われちゃうかもね。でもミッドガルはこれくらいじゃないと生き抜いていけないかも...禿鷹の集団もいるし」
そう言うとイリスは楽しそうに笑った。
彼女らしい良い笑顔だと思った。
振り返ると護衛でもある黒いスーツを着た漆黒の長髪の男が、静かに笑みを浮かべた。会話の内容は聞いていたかもしれないが、口が堅そうだと思った。
季節が一周して巡ろうとした時―。
「引っ越し?」
「そう、ミッドガルを出るの。家はもう買い手が決まったわ。祖父が居る邸宅へと移るの、元気は元気なんだけど高齢だから...」
イリスは静かに頷き、話を聞いていた。
「少し遠いのだけど...緑もあって、海もある良い場所よ。あなたのお兄様ならプライベートジェットもあるでしょうけど船旅も良いと思うわ。よかったら遊びに来て―」
言いかけてnameは少し考えてから続けた。
「“いつか”って言葉はあまり好きじゃないから、きっと。きっと遊びに来て」
そう伝えて小さな白い箱を渡した。
「趣味に合えばいいんだけど...海をイメージした香りなの」
中には、小さなパールと金属のプレートに香りの名前が彫られた小瓶が入っている。
「長期の休み、きっとお兄様は取るのは難しいわよね...そしたら一緒に夜通し遊びましょ」
そう言ってチラリと待機している車の運転席に居る護衛を見た。
湖水地方の別荘に行ったときにも居た、名前はツォンと言うらしい。
「でも、彼の目を掻い潜るのはきっと至難の業ね...」
二人で笑った。
きっとそう遠くないうちにまたこうやって笑う日が来るだろうと思っていたその数か月後。
世界が終わりを迎えようとしていたあの日。
星は私達が思っていた以上に怒っていたのかもしれない。
失う時はほんの一瞬の出来事のように思えるのかもしれない。