こっちにおいでよ


でも 僕は何も思わないよ…

シッポウシティでのジム戦も終え、僕はポケモンセンターの椅子に身を置いている。
先程、ジムでバトルを行ったポケモン達の回復時間の間、次の街に向かおうか少し考え込む。
現在バッジの数は二個、けれど僕の手持ちはまだ五体。
次の街に行く前に、六体目をゲットした方が良いだろうか。
此処の街に来る途中で見掛けたポケモンバトルクラブを頭に浮かべて片手にポケモン図鑑を持って来る。
手持ちを六体にして、バトルクラブのある街に向かいフルバトルをして彼等のレベルを上げようか…
ポケモンバトルクラブは何処の街にでもある訳じゃない、だから次の街に行く前に来た道を戻ってバトルクラブに行くのも良いだろう。
勿論、唯戻るのではなく、その道を進む途中に野生のポケモンが居ればゲットして手持ちを六体にする。
しかしゲットするポケモンは何でも良い訳じゃなく、現在の手持ちに無いタイプのポケモンを選びたい。
ポケモン図鑑の分布機能を使い自分がこれから足を送る道にどんなポケモンが居るのか改めて見て行く。
だがそう都合良く希望通りのタイプは見付からない。
この近くには炎タイプは居ないのか。
軽く片手を自身の顎へ持って行き微かに悩む。
順番通りに行けば次のジムはヒウンジム、虫タイプのポケモンを使っている場所。
ジムには其々使用ポケモンの数が違う、その為最低でも二体は相性の良いポケモンを用意しないと。
今の僕の手持ちで虫タイプに相性が良いのは飛行タイプのハトーボーのみ。
まぁ、覚えさせる技で勝てる事もあるが、ジムリーダーが相手の場合はそんなに簡単じゃない。
勿論、相性だけで勝てるとも思っていない。
けれど炎タイプが居てくれればバトルでの作戦も広がる。


「―……マジかよ」

「あぁ、だから懲らしめてやったんだよ」

不意にこの建物内を歩きながら喋っている少年達の声が耳へ入ると視線を図鑑から彼等に移動させる。
瞳に映ったのは恐らく僕と同い年くらいの二人の男子。
彼等が今僕の前を歩いて交わしていた内容に一瞬眉が寄った。
自分の事ではないのに不愉快を感じる、なのに二人の表情は平然としていて。
その行っている会話に何も感じていない様だった。
ポケモンセンターの奥に足を運ばせようとする少年達を見て、椅子に腰を掛けたまま僕は静かに口を開いた。


「敵でもない相手を傷付けるなんて、随分と心の無い人間なんだね」

両目を閉じて、彼等に聞こえる声の大きさで喋る。
すると二人の男は此方に顔を向けた。
僕が出した内容が自分達への言葉と解ったのか、一人の人物が僕の傍に足を踏み込ませる。
何も知らないからそんな事が言えるんだ、と僕に近付いて来た男は片手の袖を捲り上げて赤く色付いた皮膚を晒した。
この火傷は彼奴に負わされたと、一匹のポケモンに怒りを持ちつつ声を零す少年。


「それに彼奴は昔から不吉なポケモンだって言われてる奴なんだぞ。そんな奴が街に住み着いていたら、こっちが危ないじゃねぇか」

このシッポウシティに身を置いていた一匹のポケモン、けれど彼はどうやら人間達に怖がられているらしい。
僕はまだその相手に出会った事が無い為、詳しい事は解らなくて目の前の人間に無表情を見せる。
不吉なポケモンね…
相手の言葉に数秒だけ間を作れば一回小さな息を漏らす。
言われている、だけ…なんだよね。
それが真実かは直接見ないと解らないと思うけど。
それと…ゆっくり椅子から躰を離して相手と身長を並べる。


「その火傷は彼の特性であって、別にキミを攻撃した物じゃないよ…?」

トレーナーならポケモンの特性くらい勉強するのは基本だと思うけど。
ポケモン図鑑を衣類の中に仕舞い両手を自分の腰に当てる。
僕の前に立っている男子は眉間に皺を刻ませて声を上げて来た。
彼奴は危険なんだと…僕へ交わした男はそのままもう一人の男と共にポケモンセンターの奥へ歩いて行った。
二人の後ろ姿を眼に入れた僕はゆっくりジョーイさんが居るカウンターに足を向かわせる。
バトルで受けたダメージも回復したポケモンが入っているモンスターボールを掌で包み、ポケット内へ埋めればこの建物を出て行く。
自動扉を越え僅かに顔を持ち上げると少し雲で覆われているが、隙間からは青い空が見える。
天気の事が若干気になるも長い間足を止める訳にはいかない。
道を引き返すのなら尚更時間は無駄には出来ない。
爪先を前に運ばせてシッポウシティから離れて行けば視線の先に見えて来たのは自然を表わす緑。
今さっき図鑑で調べた処、この辺りに炎タイプのポケモンは生息していないらしい。
ゆっくり歩を進ませて目線を木々へ放つ。
だがこの瞳が映すのは前歯の尖った見張りポケモン、他には空を小さい躰で飛んでいる小鳩ポケモン。
まだこの近くには色々な生き物の姿が見られるが、僕が欲しいと思っている炎タイプの生き物は全く瞳に映る事はない。
バトルクラブのある街まで先はまだ長く、暫く歩き続けていた時、上の方から鈍く響き渡る音が鳴った。
眼差しだけを上空へ移動させると先程見えていた青空は雲で覆い隠されて、薄暗い空から降りて来たのは冷たい滴。
その水に小さい息を吐き出せば仕方なく近くに立っている樹木の側で休む事にした。
足場を濡らす雨の勢いは直ぐに激しく変わり、僕が身を置いている樹の葉に水が集まり僕の頭部へ零れて来た。
簡単に自分の頭に手を掛けて湿った感触を感じれば眉を顰め、衣服のフードを被る。
耳に届く雨の音は小さい物音を掻き消す程に大きい、当分は止まないだろうと言う事が直ぐ解ってしまう。
まだ昼にもなっていない筈なのに、まるで夕方過ぎの様な周りの景色。
ズボンのポケットに手を入れながら肩の力を抜いて両方の瞼を下げる。


「、…ラ〜‥」

雨が鳴らす激しい音に紛れて聞こえた何かの声。
ゆっくり瞳を開けて正面の方を見ると距離が若干離れた位置、樹木の側に身を預けている一匹のポケモンが視界に入った。
宙を浮かびつつ両手で自身の頭に落ちて来る水を防ごうとしているその姿。
衣類の中からポケモン図鑑を取り出せば彼の情報を見て行く。
ランプラー…空中を浮かんで移動する、曾ては森の奥深くに住んでいたが、大きな街にも住み着き始めた。か…
図鑑の説明を見る限りでは不吉なポケモンには思えない目の前の生き物。
機械が濡れないよう直ぐ上着の中へ図鑑を埋めて彼の方を向く。
ランプラーはゴーストと炎タイプ、水は苦手と言う処を考えて背負っている鞄を一旦肩から外しファスナーに手を掛ける。
鞄の中より取り出した物はシンプルな白一色のタオル。
再び鞄を背に戻した後、ランプラーに声を送る。


「そんな処に居たら躰に悪いよ…」

片手の指先でこっちに…と軽く誘ってみる。
けれど彼は僕を見た瞬間、側の樹木に身を隠した。
まるで人間が怖いように、怯えた雰囲気を作って。
彼の様子で脳内に浮かべたのは先程ポケモンセンターで会った少年達の会話。
ランプラーの特性は二つあって、一つは確か触れた者を火傷状態にする“ほのおのからだ”…
あの男はその特性を攻撃と勘違いして彼へ、手持ちのポケモンの技を送り街から追い出したと言っていた。
そんな経験をすれば人間に怯えるのは当たり前か。
一度小さく溜息を吐いて遅い足取りでランプラーの居る場所まで歩いて行く。
歩む度に草地から微かに音が発するも雨の音で聞こえず、ランプラーが隠れている処へ辿り着くと静かに右手を伸ばす。
その僕が向けた手に彼は両目をギュッと閉じた。
今にも逃げようと思っている感じの彼、今この地に大雨が降っていなければ確実に逃げられていたかも知れない。
右手で掴んでいるタオルを彼の頭部へ当てて濡れている箇所を優しく拭いて行く。
随分と躰が冷えている…特性も感じられない程に冷たくなった彼の躰に片手を掛けると静かに撫でる。


「少しじっとしててくれよ」

動かれたりするとやり難いと言う事を伝えて彼の躰にタオルを走らせる。
きっと街に住み着いていれば建物の屋根等で雨宿りし、躰を濡らす事もなかっただろう。
頭に過らせた内容に口許を下げてランプラーの身を拭いて行くと、突然響いた大きな雷鳴。
一瞬眼に光を感じさせて数秒後に音を鳴らす雷、その音を聞いたランプラーは行き成り僕の躰にしがみついて来た。
両手に力を込めて身を寄せる彼の姿に思わず眼を見開く。
この珍しい姿を見せるランプラー、可能であれば今カメラを手元に出して彼を収めたい。
そんな事を微かに考えつつも今は雷に怯えている彼を安心させようと、ランプラーの躰を軽く撫でて行く。
仄かに唇を緩めて暫く彼を抱き抱えていると、次第に雨も弱くなり少しずつ明るくなって来た周り。
それに合わせてランプラーの躰もゆっくり温かさを取り戻して来た。
そろそろ良いか…
体温を感じて彼の躰から両手を離せば数歩身を退いて頭に被せていたフードを取る。


「ラ〜ン…」

僕が離れた事で何処か寂しげに聞こえる声を出す彼、その鳴き声に一つ表情を緩めると上着のポケットへ片方の手を押し込む。
僕は炎タイプのポケモンが欲しいと思っていて、出来るのなら今彼をゲットしたい。
しかし、あれだけ弱った姿を見た後にバトルをするのは気が引けてしまう。
ポケモンをゲットする時はバトルをするのが基本だから。
衣類の奥に入れたままの掌が触れているのは空のモンスターボール。
取り出す事も、手から離す事も出来ないでポケットの中にあり続けるその球体。
彼に背を向けて僅かに考えて行く、別の炎タイプを探すかどうするか。
目線を浮かせると雨は完全に上がり青色の上空が瞳に入り込む。
彼は浮いているから足場が仮令濡れていてもバトルには影響は無い。
軽く上半身だけを振り向かせ彼を見て口角を持ち上げる。
僕の処へ来るかい…?
なんて、半分冗談でランプラーへ言葉を交わしてタオルを持っている方の手で誘うような仕草を表わす。
ポケモンを捕まえる時はバトルが基本と考えている自分だから、バトルも無しにゲットなんて出来ない、そう思っている。
だから直ぐに小さく笑って彼に簡単な別れを送り、さっきまで通っていた道を歩き始めて行く。
雨の所為で無駄な時間を過ごしてしまった。
ふぅ…と一つ息を零して手元のタオルを畳んでいたら不意に背後から人のフードを引っ張る何かを感じて眉毛が歪む。
何だ、と思い振り返ればフードを引いていたのは先程のランプラー。
両方の手を使って衣類を引く彼の姿に眉が微かに下がる。
これは玩具じゃないよ、そうフードを掴みながら彼に教えて行くとランプラーの手が僕の片手の甲に触れた。
懐炉の様に温かい手、けれど決して僕の躰が火傷を負う事はない。
その様子を見てゆっくりランプラーへ瞳を当てる。


「キミ…もしかして本当に僕の処に来ようとしているのかい?」

「ランプ…!」

冗談で掛けた先程の言葉、まさか彼に通じたのか。
口を開いて問い掛けるとランプラーは少し喜んでいる…様な雰囲気で声を出して来た。
彼の黄色い瞳が僕を見詰めて来ると眼を一度閉じて唇に笑みを作る。
手元にある白い布を上着の、若干大きいポケットに入れて、代わりにカメラとモンスターボールを取り出せば彼に眼を放つ。


「基本からズレているやり方だけど…良いよ」

言った後、片手の上にあるモンスターボールを軽く空の方を目指して投げる。
僕が手離した球体の動きを見た彼は浮いている躰でボールに触れた。
バトルもしないでゲットする、その珍しい経験に僕は球体へ身を接触させたランプラーの姿を見て機械の音を一つ鳴らした。
自らモンスターボールの中に向かって行くポケモンも、中には居るんだね。
カメラに眼を落とし口許を上げれば機械を仕舞い込み、六体目のポケモンが入った球体を掴む。
それじゃあ、手持ちも揃った事だし早く街に着いてバトルクラブに行こうか。

彼等のレベルを 上げる為に…――







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -