全て理解できなくても
なんであたしの言うことを聞いてくれないの!?もう、あなたなんていらない!
キミはたしかにそう言ったはずだ。けど、今のこの状況はなんなんだろう。
目の前にいるのは、まちがいなくぼくの主人。気が短くてわがままばかりな、ぼくをいらないと言ったキミ。ああまちがいない。
はあはあと吐く息は荒く、どうやら走ってきたようだった。なぜ?キミがいらないと言ったからぼくはキミのもとからでていったのに、必死にぼくのなまえを呼ぶ理由は?
「ほ、ほんとにでてっちゃうこと、ないでしょ……!」
もどりなさい、とぼくに赤と白の球体をつきつける。ふに落ちないな、その「まったくしかたのない子ね」とでも言いたげな顔。
ねえ、キミはなにか勘違いをしているようだね。体型の関係で見上げるかたちになるが、それでもぼくはおもいっきり眉をひそめてキミを見下し、背をむけた。
「ま……待ってよツタージャ!あたしといっしょにいたくないの?あたしたちともだちなのよ!?」
あいにくぼくは、キミがいなくても生きてけるんだよ。
***
最初はこんなにわがままな性格じゃあなかった。どちらかというと大人しいくらい。いつからこうなってしまったのかは、あんまり思い出せない。いつの間にか、こうなっていたのだ。とくべつなきっかけはなかったように思う。
ぼくと彼女のであいはいたって平凡。ポケモン研究所で、ぼくは新人トレーナーの彼女にえらばれた。
彼女自身もなんというか、平凡な人間だった。とくにこれといってひきつけられるものがあるわけではない。でも邪心を感じるわけでもない。いっしょにいて、損も得もない人間だった。
それでもぼくを控えめに、うれしそうに呼ぶ声を、ぎこちなく、やさしく抱きしめる腕を、ここちよく思ったのも事実。だからしばらくは、それなりに楽しい生活を送れていた。
***
「行かないでツタージャ!あなたにいなくなられたら、あたしほんとうにひとりぼっちになっちゃうの!」
しつこく追いかけてきたキミに、呆れてものも言えなかった。言ったところでどうなるわけでもないけど。
ねえ、だってキミはぼくを捨てようとしたじゃないか。もしかして、冗談だったの?そうだとしたら、あまりにたちが悪いんじゃないか。
「ツタージャ、あなたは、あたしが嫌いなの?」
ばか言わないでほしい。キミがぼくを嫌っているんだろう。だからぼくを困らせるようなわがままを言ったり、すぐにぼくを怒鳴ったりするんだろう。
どうしてそんな、目に涙をいっぱいためた、ひどく痛そうな顔で訊いてくるの。
「……あたしは、迷惑?」
そんな訊かれ方をして、素直にはい迷惑ですとうなずけるほどぼくは非情じゃない。そう心でぼやいた自分に驚いた。だってさっきまで、ぼくはその非情でいたはずなのに。
答えに詰まったぼくを見て、キミは眉をさげた困ったふうな笑顔を浮かべた。
「そうよね。迷惑よね。ごめんなさい、気づけなくて」
どういうこと?なんで今さら謝るの?キミ、ぼくが嫌いなんでしょう?
「あたし、初めてだったの。誰かとなかよくなったの。あなたが初めてだったの。どこまであなたに甘えていいか分からなかったの。……ほんとうにごめんなさい、言い訳がましいよね」
ほんとうだよ。だいたい、言い訳どころか、ぼくにはキミの言ってることがさっぱり分からない。ぼくだって、キミが初めてのともだちだったんだよ。でもだからって、何も悩むことなんかなかった。
目を伏せながらつたなく話す姿に、であった頃のキミを見た。それが、とても懐かしく感じた。
「あなたは優しいから、あたしのわがままをずっと聞いてくれた。この先も、あたしから離れずにいてくれると思ってた。あたしがどんな態度をとっても、ともだちだから。……そんなはずないのに。あなただって、負担を感じるのにね」
キミは、いったい何を言ってるの?キミの言うこと、難しくてよく分からない。
ぼくがキミから離れたのは、キミがぼくをいらないと言ったからだよ。キミに嫌われたと思ったから。ねえ、キミはぼくが嫌いなの?それとも、そうじゃないの?
「あたし、昔なにかの本で読んだの。ポケモンに悪い子はいないって。もしいたとしても、それは悪い人間に悪い心を植えつけられた、かわいそうな子なんだって。ポケモンにもとから悪い子はいない……どうやら、ほんとうみたいね」
そう言って、くすりと笑うキミの目はなんだかとてもつらそうで、ぼくは胸のあたりがどうしようもなく締めつけられる気がした。
キミはぼくが好きなの?ぼくをともだちだと思ってくれているの?だったら、そうなら、それでいいじゃないか。どこにそんな悩む必要があるの。好きって気持ち、それ以上に、なにがいるの。
キミの考えることは、ぼくにはまるで分からないよ。
「……ツタージャ、もういちど訊くわ。あたしのこと、嫌い?」
ただひとつ分かったこと。キミというのは、とてもめんどうくさい。
簡単なはずのものをわざわざ難しいほうに考えて、それで結局、あんなかなしそうな目をしている。もっと楽に生きてけばいいのに。
「あたしは……ツタージャ、あなたのこと、好き。とても好きよ」
まったくしかたのない子だよ。ぼくがひっぱってってあげるしか、ないんだから。
「あなたは、どう?」
だから、手を出して。
いっしょに行こう。
End.