あまり心配させないで
※ポケモン×トレーナーです
まっさかさまに落ちていく、小さな体。
何かを守るようにぎゅっと抱きしめて、無抵抗に、あらがう術もなく落ちていく、俺の主人。
それを見た瞬間、俺は木の枝を思い切り蹴っていた。
―――あまり心配させないで
「…あーんもう、何時になったら次の街につくのよー!!」
「ポチャ、ポチャー!!」
明るい日差しが降り注ぐ、お昼時の森の中。
サトシ、タケシ、ヒカリの三人は森の中の長い道を朝から歩き続けていた。
「もう疲れたあ…」
「ポーチャ、ポチャマ…」
ある程度旅慣れた体でも、朝から歩き続ければ疲れは溜まる。
ヒカリが肩を落として弱々しく呟くと、主人に同調するようにポッチャマも頭を垂れた。
「タケシ〜…俺も疲れたし、そろそろお昼だろ?
腹ヘったよ〜…」
「ピカ、ピィーカ…」
サトシは空腹を訴える腹をさすり、眉を下げてタケシを見つめる。
「2人も疲れてきているし、サトシの言うとおりもうすぐ昼時だな…
…よし、丁度あそこに開けた場所があるし、お昼にするか!」
ーーーーーー
「メシメシ〜♪」
タケシから薪を集めてくれと頼まれたサトシは、タケシの作るご飯に心踊らせながら、上機嫌で森の中を薪拾いに歩いていた。
ちなみにピカチュウは二手に分かれた方が効率がいいと考え、今はサトシと別行動中だ。
「んー、このくらいでいいかな?」
サトシは両腕一杯になった薪を見つめ、そろそろ戻るかと踵を返そうとする。
その時。
「―――ッ!」
「――、――ッッ!!!」
「―ッ!?」
森の奥から聞こえてきたポケモンの悲鳴に、サトシはバッと振り返る。
そして手に持っていた薪を足元に置くと、声の聞こえた方へと真っ直ぐに走っていった。
ーーーーー
森の奥、深い谷のすぐ傍に二匹のポケモンが居た。
二匹のポケモンの内の一匹―――ヒメグマはそのつぶらな瞳に涙を一杯にためて、目の前に立つ大きなポケモン―――バンギラスを見上げた。
バンギラスの目には怒りの炎が燃え盛り、震えるヒメグマをギンッと見据えると、口を大きく開きエネルギーを集中させ始める。はかいこうせんを撃つ気だ。
まだ技も覚えていない小さなヒメグマでは、このバンギラスのはかいこうせんに耐えることは出来ないだろう。
ヒメグマは小さな手で体を守るように抱くと、ぎゅっと目をつぶった。
「やめろーーッッ!!」
ぎゅう、と誰かの腕がヒメグマの体を包み込む。
ヒメグマが驚いて目を開けると、目の前には赤い帽子をかぶり、自身をバンギラスから守るように抱き締める黒髪の少年―――サトシが居た。
ヒメグマがサトシを認識した直後、バンギラスのはかいこうせんがサトシを襲った。
「―――ッッ!! う、うわぁぁぁぁぁぁぁあッッ!!!」
吹っ飛ばされたサトシの体は、吸い込まれるように後ろにあった谷底へと落ちていく。
この高さから落ちれば、無傷ではすまないだろう。
せめてヒメグマだけは、とサトシがヒメグマを落下の衝撃から守るように抱き締め、ぎゅうっと耐えるように目をきつく閉じかけたその時。
サトシの視界の端、谷の傍に生えていた木から深い緑色の線が飛び出す。
次の瞬間、サトシの体は何かにそっと横抱きにされ、ぐんっと上に上がっていった。
恐る恐る目を開くと、目の前には。
かつての旅の仲間であるジュカインの顔があった。
「ジュ、ジュカイン!?」
サトシは驚きのあまり素っ頓狂な声でジュカインを呼ぶ。
ジュカインはそんなサトシの顔をちらりと見やった後、向かいの谷へと視線を移し、所々に突き出ている岩を足場にして谷を上がっていく。
その横顔は、心なしか――――いや、かなり不機嫌なものだった。
ーーーーー
「元気でなー!!」
森の奥へとちょこちょこと駆けていくヒメグマに手を振ると、サトシは振り返って後ろに立っていたジュカインに目を合わせる。
ジュカインは今日、オーキド博士からナナカマド博士へ小包を届けるよう頼まれており、その帰りに森で休んでいるとサトシの悲鳴を聞きつけかなりのスピードで駆けつけたのだ。
ジュカインが休んでいた場所からはかなりの距離があったが、サトシが転落する前に間に合ったのは流石だ。
ジュカインは低く不機嫌そうに鳴くと、怒ったような、咎めるような目でサトシを見つめた。
――何故、あんな危険な事をした。
ジュカインの気持ちをくみ取ったサトシは苦笑すると、「ごめんな、ありがとう。」と言い、労うようにジュカインを撫でた。
ジュカインは目を細めると、サトシを片腕で引き寄せ、抱き締めた。
サトシは少し驚いたようだが微笑み、ジュカインの背に手を回し目を閉じた。
―――サトシ、サトシ。
俺の、小さな、大切な、主。
俺の、唯一無二の存在。
お前はとても優しいから、あんな風に危険な目に遭っているポケモンを見過ごすなんて出来なかったのだろう。
けれど、あんな無茶はしないでほしい。
真っ逆さまに落ちていくサトシを見た時、心臓が止まりそうになった。
この小さな主を失うかもしれないという考えたくもない最悪のビジョンが、頭を過ぎった。
ジュカインは自身の腕の中で目をつぶるサトシを見つめると、腕に更に力を込めてぎゅっと優しく抱き締める。
愛しい主を、決して失わないように。
―――あまり心配させないで。
お前を失ったら、俺は。