伝わらないけど


 あのね、ダークライ。
 私の隣で目を覚ました彼女は言った。

「悪夢を見たの」

 大粒の涙がその綺麗な両目からぽろぽろと零れ落ちていくのを呆然と見つめながら、私は怒りとも悲しみともつかない感情に襲われていた。

 彼女は人間で、ポケモントレーナーだ。私はダークライ、悪夢を見せる不吉なポケモン。

 何故、私は大丈夫だと思ったのだろう?私はダークライ、暗黒ポケモンだ。
 私の傍にいればこの優しい少女が苦しむのだと、知っていたのではなかったか。

 彼女を苦しめた自分へ対する怒り。
 私のせいで涙を流す少女への悲しみ。

 何故、私は彼女についてきたのだろう?

 あの日、新月島にやって来た少女は、私を拒まなかったのだ。不吉なポケモンだと忌み嫌い、私を退治しに来たのではなかった。
 彼女は、私を仲間にと誘ったのだ。
 嬉しかった。そんなことはどんな人間からもポケモンからも言われたことがなかったから。
 しかし、私が見せる悪夢は相手を選ばない。優しく私に声をかけてくれた少女にも、等しく。
 だから拒んだ。私はそんな優しい少女を苦しめたくはなかった。

 すると少女は言った。それならばバトルで決めましょう、と。
 私は彼女のパートナーであるエンペルトと闘い、そして彼女についていくことに決めたのだ。

 強い、と思った。彼女は強い。誰にも負けない強い意志があった。強靭な精神とまっすぐな信念があった。

 彼女は言った。
 わたしはあなたの悪夢に負けたりしないわ、だってわたしはあなたのトレーナーだもの、と。
 その言葉がどれほど嬉しかったか。ずっと暗闇で生きてきた私にとって、まさしく彼女は光だった。

 でも。
 私のせいで彼女は泣いているではないか。私のせいで、彼女は苦しんだのだ。私が、私の力を制御できなかったせいで。

 もう彼女の元にはいられないかもしれないな、と私は思った。それが私にとっての絶望だとしても、彼女を苦しめるくらいならば喜んで私は消えよう。

 ぐい、と涙を拭った彼女は私を見上げて叫ぶように言った。


「あなたがいなくなる夢を見たの!」


 私を引き寄せて抱きしめた彼女の腕は、とても温かかった。
 嗚呼。
 途端に溢れ出す言葉にできない感情で胸がいっぱいになった。
 彼女はまぎれもなく、私のトレーナーなのだ。
 ヒカリ、と彼女の名を呟いた。それが彼女に伝わることはないけれど。


「ねぇ、あなたの言葉が伝わらなくてもね。
 わたし、あなたの気持ちを受け取ってるのよ。

 だから
 だから
 誰よりも優しいあなたに、
 わたし、出会えて良かった」


 ヒカリは私を抱きしめながらそっと囁いた。

 彼女はヒカリ、心優しき私のトレーナー。
 私はダークライ、世界一幸せなポケモンだ。



End.




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