おなじ色の景色


自分の見てる色が他人と同じなのかいつも不安だった。


いつかの頃、主人が何気なくそう呟いたのをよく覚えている。
まだ彼女が私の主人となって日が浅い頃のことで、彼女が色弱であることをその時の私は知らなかった。

生まれた時から視力が弱く、色覚異常もあった主人は、それでも筆を握ることが好きだったという。
数多の種族が有る我々の中から、ドーブルという私をパートナーに選んだのも、そういうことが理由だった。

会社勤めをしている主人は、休日には必ずキャンパスの前に立ち創作活動をしている。
私もその横で用意してもらった真っ白なキャンパスに色を重ねる。
休日はだいたい家の中で静物画を描くか、天気が良ければ外へ風景画を描きに行く。
そんなことを私達はずっと繰り返していて、飽きることなく主人は黙々と筆先で新しい色を生み出していくのだ。


本当は今も不安なんじゃないだろうか。


もし私が主人と同じ言葉が話せたら、きっとそんなことを尋ねてしまうだろう。
色弱でも素晴らしい絵を描く有名な画家もいる。賢い主人がそんなことを知らぬ訳もなかったが、賢い故に主人は友人へと言って聞かせた。
私では食べていけないよ、と。

絵の具やキャンパスの補充にはそれなりに対価がかかる。それでなくとも自分と私の分の生活費を稼がなければならない主人にとって、好きであっても茨の道である不安定な未来を選択することは出来なかったのだ。
たまに私の描いた絵を売ることもあった。絵が売れると主人は隣に立つ私を紹介し、それはそれは嬉しそうに笑うのだった。
主人は賢くて冷静な人だった。加えて酷く、優しい人だった。



「今日、貴方の絵を買ってくれた人、とても喜んでいたね」
「ワウ」
「こんなに精巧で美しい写実画は久しぶりに見た、だって。むしろ写真よりも綺麗だって言ってくれたよ。うん、私もそう思う」
「ワウ、ウ」


目に映る色をそのまま生み出せるのはドーブルの特性といってもいい。
技術さえ磨けば写実画を描くことはそれ程難しいことでもなかった。それがどんなに一部の人間が望む能力なのだとしても、だ。
主人は私を買いたいと言ってきた人間達にいつも丁寧に断りを入れた。目の手術費を全額出すと言われても、主人は最初とおなじリズムで返事を即答した。

主人は私を褒めることはあっても、羨むことは一度もしなかった。
主人は賢くて冷静で優しくて、そして強い人だった。


「ああ、でも、やっぱりあの空の絵は勿体なかったな。とても綺麗な青だった」
「……ワ」
「私にはよく見えないけど、あの買ってくれた人はとても喜んでいたもの。感動していたもの。だからきっと、とても綺麗な空をしていたんだろうね」


私は主人の服の裾を握りしめた。それは衝動に近かった。
私が主人を見上げて裾を何度か引くと、主人はそっと、静かに、微笑んだ。

茜色に染まる空の下、私達は二人並んで家路を歩く。
山の向こうには一際輝く一等星が空を飾っていた。

家に帰ったら、私はまた主人の描いた絵をねだろうと思う。
青を認識しにくい主人の描く、淡い翡翠色の空が、私はとても好きだ。
なんて優しいのだろうと思う。


「ご覧、ドーブル」
「ワウ」


主人が空に手をかざしながら言った。
濃淡のオレンジ。遠くから染まりつつある夜の紺色。
一つの"空"というキャンパスに、いくつもの色が統一感をもって存在する様は、いつ眺めても雄大だ。

そして今、私は主人とおなじ色の景色を見ている。


「綺麗だ」


そっと囁く主人の瞳が、まるであの一等星のように輝いてみえた。
それが私にとっては何より綺麗に見えたけど、今は主人と同じものを見ていたくて、僅かな時間しか見ることの出来ない夕空に視線を移した。

沈みゆく夕陽に照らされる私達は、きっと同じ風景の一部になっているのだろう。
それは酷く、幸せなことだと私は思った。



End.




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