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小さな望みをひとつ


元同僚が火影になるらしい。
同僚だった期間は短かったけれど、二人で危険な任務に就いたこともある身としては誇らしいような、かと思えば差をつけられた気がして悔しいような寂しいような……何とも言えない妙な気分だ。でも……。

「まぁ…もう関係ないことだよね…」
「何が関係ないことなの?」
「! ヒッ……えっ、カカシくん? どうしてこんな所に?」

独り言に返事があるとは思わなくて、その人がよりにもよってカカシくんだとは思わなくて…二つの驚きで体を仰け反らせると、彼はなぜか嬉しそうに目を細めた。

「久し振りだね、なまえ。任務外でも面を外さないのは相変わらずなんだな」
「いつ召集が掛かるか分からないし、もう癖みたいなものだよ」
「そっか…」

それっきり、沈黙が流れる。
この人、一体何をしに来たんだろう。六代目火影に就任したばかりで忙しい身のはずなのに。

「――ねえ、なまえ。俺、火影になることにしたんだ」
「ん? うん?」
「火影就きの暗部の名簿も見た……俺は、てっきりお前の名前もそこにあると思ってた」
「……」
「なあ、忍を辞めるつもりなのか?」

……ゲンマくんとライドウくんの仕業だろうか。
確かに辞表を出しはしたけれど、あの二人に引き止められたせいで中途半端な所で止まっているし、そんな状態で名簿から消えるはずがない。あの二人、わざとカカシくんに気づかせたんだ。でも、一体何のために……。

「ねえ、なまえ?」
「…先生って呼ばれてるカカシくんを見て考えてみることにしたの。自分のこれからのこととか」
「……、」
「人生のほとんどを暗部として生きてきて、まあ…色々と一段落ついてちょうどいいし、この辺りが潮時かなぁって」

嘘をつく時は少しの本音を混ぜると、途端に真実味を帯びる。そう言ったのは誰だったか。
潮時と思っているのは本音だった。暗部に身を置いて、危険な任務だって進んで引き受けて、負担ばかり掛け続けてきた体は気がつけばボロボロだった。そこに追い打ちを掛けるように第四次忍界大戦――忍として無理に無理を重ねるのはいい加減止めておけ。これ以上は命に関わるぞ――あの綱手様がそう言い切ったのだからそうなのだろう。
未練があるわけじゃない。死にたくないわけでもない。でも、仲間の足を引っ張るようなことだけはしたくない。だから、今まで生きてきた世界に別れを告げる。

「……忍を辞めて、その後はどうする?」
「うーん…木ノ葉に居続ける理由もなくなるわけだし、いろんな国や里を見て回ろうかな。まあ、とりあえずはしばらくの間、のんびりするよ」
「……」

カカシくんの眉間に皺が寄った。
うんと短い間だったけれど、元同僚の引き際に直面して少しは悲しいとか寂しいとか思ってくれているのだろうか。。もし、そうなら光栄で、嬉しい。

「忍じゃ、なくなってもいい…」
「カカシくん…?」
「もう戦わなくていいから、俺の傍にいてくれるだけでいい……いなくなるなんて言うなよ、なまえ…っ」

気がつけば、カカシくんの腕が背中に回されて緑のベストが目の前に広がった――何だろう、この状況。どうして彼に抱き締められているのだろう。

「オビトが死んで、リンもミナト先生も皆、いなくなって…自暴自棄になっていた俺を変えてくれたのはお前だった」
「……」
「なあ、覚えているか? 俺が上忍師の話を受けるか否か迷っていた時のことを」

うん、覚えているよ。あれは、カカシくんと組んだ最後の任務の帰りだった。
カカシくんは暗部から足を洗うことを躊躇っていたみたいだけれど、私にはどうして迷うのか分からなくて…いつまでもウジウジしているカカシくんの背中に言ってやったのだ。ミナト先生が君にしてくれたことを子供達にしてあげればいい。君は、次の時代を育てていける人間だよ、と。

「なまえがあの時、ああ言ってくれたお陰で今の俺がいる。離れて、会えなくなってようやく気づいたんだ。自分の気持ちに」

カカシくんの気持ち?

「好きだよ。なまえ」
「……、何言ってんの? 君にはリンさんが…!」
「確かにリンは大切な存在だ。でも、違う…リンとお前に向ける気持ちは。全然違うんだ」

背中にあったはずの手がいつの間にかお面に添えられていた。

「…ッ、」

お面と肌の間を風がすり抜け、陽の光が勢いよく降り注いだ――眩しい。陽の下で素顔を晒すなんていつ振りだろう。

「何だか変だね。長いつき合いなのに、目を合わせるのが初めてだなんて」
「カカシくん…、」

唇に感じるカカシくんの指先は固くて、微かに震えていた。

「俺の気持ちが届くまで何度だって伝えるさ。好きだよ。なまえ」
「っ、…」

上手く言えないけれど、木ノ葉を離れるのは当分先の話になりそうだ。


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