「カイト、カイトー?」
 メイコは声を張り上げ、姿の見えない同居人を呼ぶ。うっかりドラマに集中しすぎてしまっていたらしく、買い物を頼もうと思っていたカイトは何時の間にかいなくなっていた。出掛けてしまったのだろうか、しかし何処へ。置手紙の一つでもないかと捜索範囲をダイニングまで拡大したものの、青いマフラーさえ発見出来なくて溜息を吐いた。
「あれ、」
 せめて行先だけでも伝えておきなさいよと肩を落とした時、ふとテーブルの上に目を留める。クリップで纏められた数枚の紙には、黒い記号が踊る五線譜。言わずもがな、自分達の商売には欠かせないアイテムである。
「楽譜はちゃんと管理しなさいって言ってるじゃない」
 もう、と口を尖らせ、ソファーの上に放置されていたそれを拾い上げる。ほぼ癖で旋律を読めば、最近カイトが練習していた曲であることが判別できた。
「ラブソング……ううん、ちょっと違うわね。物語?」
 添えられた歌詞はどこか切なく、郷愁を感じさせた。小さく口ずさむがキーが低い、喉をめいっぱい広げても負担がかかる程だ。大人しくオクターブ上で音程を合わせる。メロディも歌詞に合わせた雰囲気なのがよくわかった。いい曲だ。
サビは歌い出しよりも随分高いようだが、きっとカイトの伸びのいい声が映えるだろう。静かだった曲は徐々に盛り上がり、メイコも自然とその世界に引き込まれていく。Bメロの終わりへさしかかり、歌い上げる声も部屋に響くほどの物になる。
「「――♪」」
 テンションも最高潮になったその時、ぴたりと低音が重なった。
「っ!?」
 それが居ないと思っていた声で、メイコは息を詰まらせる。振り返ると、さっきまで探していた青年が同じく驚いたような顔で立っていた。
「なん、で」
「……楽譜、忘れたから取りに」
「いつから」
「さっき――その、メイコが歌ってる時から」
 カイトの気まずそうな返答をきいたメイコが、顔を真っ赤に染めた。
 歌っているのを聴かれるのは、別段問題はない。一緒にレコーディングなんて珍しいことでもないし、練習ならむしろ聴いてほしいくらいだし。
けれど、今は状況が違う。
無防備に、しかも少なからずカイトのことを考えながら歌っていたのを聴かれてしまった。妹達だっていないし、何も照れることでもないと言い聞かせるが、それでもただただ恥ずかしい。
「でも、めーちゃんの声も合うんだね」
 うずくまるメイコを他所に、カイトは楽譜を拾い上げしみじみと言う。
「めーちゃんバージョンも作らないかな? あ、そうだいっそデュエットにしてもらぐえっ」
「うるさいっ」
 機嫌がよさそうなのが気に入らない。メイコはほぼ八つ当たりのように、青いマフラーを思い切り引っ張った。




あとがき:ボーパラで約二名の方に渡し……もとい押し付けた小冊子より再録。めーちゃんもにーさんもいい声ですね
初出:2012/10/28
再録:2012/11/11


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