※テッド×テト



「おい」
「テッド」
「くそめがね?」
「ニートー」
「…………」
 無反応。
 思いつく限りの呼びかけを声にしても、彼はぴくりとも動かない。勿論、こちらには見向きもしない。二人しかいない空間で放置を決め込まれるのは少々、否、かなりつまらない訳で。
 君は忙しいのかも知れないけど、こっちはすっごく暇なんだよ。少しは構ってくれたっていいだろ……不満は声には出さず、大きく吐いた息に溶かした。
「今なら好きにしてもいいぞ」
 あんまり退屈だから、ぽつり、こいつが喜びそうなことを言って、ちらりと表情を伺ってみる。流石に全く聞いてないなんてことは――
「…………」
 10秒経過。
「……………………」
 20秒経過。
「…………………………」
 30秒「ああもう!」
 思わず声を荒げたら、漸く視線がこちらに向いた。……って、なんで迷惑そうな顔なんだ、失礼な。
「どうした?」
「どうしたもこうしたもあるか!」
 本当に聞いてなかったのか。退屈に加えて無視と来られて苛々が加速する。
「ここまで言わせておいて無視は、」
「好きにしていいんだろう? 無視も何もお前に従っただけだが」
 ……は。
 拍子抜けした、ら、テッドはまた手元に視線を戻す。ええとつまり、聞いてはいたらしい。その上でこいつは、
「……はぁ…………」
 最早ため息しか出て来なかった。この際敗北は認めるしかないのだろうが、それでも腑に落ちなくて恨みがましくじとりと見上げる。
「どうかしたか?」
「別に……」
 伏せ気味なダークレッドの目に一瞬見とれたなんて内緒だ。膝を寄せて、膨れた頬を押し付ける。
「ああ、それとも」
 不意に伸びてきた手が頭をぽんと叩く。反射的に顔を上げると首筋を撫で下された。くすぐったくて肩で挟むように身をよじったが、手袋だけを器用に残し、大きな手はすり抜けてしまった。愛玩動物のような扱いに怒ろうかとしたら、顎をすくわれて。
「――何か、俺にされたいことでもあったのか?」
 つり上がる口元を見て、自分がとんでもない失言をしたことに気付いた。


「別に、されたいことなんか……」
 視線を逸らし、話をごまかそうと試みる。が、下した腰の近くに手をつかれているのに気づき、背中に嫌な汗が流れた。
「テト」
「な、に」
 声が上ずる。落ち着け、取り押さえられてる訳じゃないんだ、立って距離を取ればいい。なのに体が動かないのはどうして。
「ほら」
「や、」
 駄目だ、動揺してるのがばれる。いや、この男にはもう何もかもお見通しなのかも知れない。腕を押し返そうと手を伸ばしたら、逆に捕まえられてしまって。
「――好きにしていいんだろ?」
 耳元に落とされた刹那、強制的に上を向かされる。予想通りの上機嫌な顔が、想像以上に近くにあった。
 反射的に目を閉じたのと唇を塞がれたのはほぼ同時、そのままゆっくりと倒される。腕を突っ張っても、覆い被さられた状態ではびくともしない。脚をばたつかせるにも綺麗に組み敷かれていて、どうやったらここまで上手く倒れ込めるんだと泣きそうになる。最後の砦と固く引き結んでいた口も、何度も舌でなぞられて力が抜けていく。僅かに開いた隙間から侵入したそれを押し返そうとしたら、吸い上げられた上に歯まで立てられて。
「――っ!」
 咄嗟にテッドの手を抓る。解放されたと思ったら、今度は耳朶に吸い付かれた。悲鳴をどうにか喉の奥で殺して、どんどん、胸を叩いて必死の抵抗。流石に彼も顔を上げたが、体は密着したまま。と言うかその、
「は、離れ、」
「何でだ?」
「何でって、」
 言葉を交わす度、吐息がかかる。近い、近すぎる!
 しかしテッドは人の言葉を免罪符に、良いようにテトを弄ぶ。服の中に手が潜り込んで来て、慌てて両手で制止した。
「っ、待ってって」
 声は掠れて上手く出ないし、些細なアクションで肩が震える。すっかりテッドのペースに持っていかれている、それがただ悔しい。名残惜しそうにゆっくりと離れた男を睨み上げ、精一杯威嚇する。それが何の意味も成さないとも気づかずに。
「……さてはこうなるようにずっと無視してたんだろ」
「ほぼ正解」
 ほぼってなんだ、ほぼって。
「ただで教える訳にはいかない、と言ったら?」
「〜っ、何足元見てるんだ!」
「足? 俺が見てるのはお前のふくれっ面だが」
「そういう意味じゃ……!」
「教えてほしいんだろう?」
 返事は? 意地の悪い笑みを浮かべて、彼は問う。もしかすると、こいつは最初からこうするつもりだったのかも知れない。この部屋に足を踏み入れた瞬間から。
 男は彼女の頬を撫でる。テトの言葉を催促するように。手のひらから伝染する温度がじわり、体の芯を熱くする。逃げ場は、ない。
「……代わりを差し出せば言うんだな?」
「さあな、代償次第かも知れんぞ?」
 と、不意にテトは拘束が弱まっていることに気づく。こちらの劣勢は明らかで、このままなだれ込むのも不可能ではない筈なのに。
「それに、嫌だと言うなら無理強いはしないが」
 絶対に嘘だ。嫌に嬉しそうな表情を見上げ断定する。確かにこの状況を作り出したのは自分の失言の所為かも知れないが――否、本当にそうか? そもそも自分があんなことを言ってしまったのは、
「テト?」
 名前を呼ばれ、思考は無理矢理遮断される。捕まえていた手はいつの間にか逃げ出し、彼女の腰を撫でていた。あくまで優しく、いたわるように。けれど、
(じれったい)
 テトはコクンと小さく喉を鳴らした。火を付けられた今、退路はどこにもない。どう転ぼうとコイツの思うつぼなんだ。触られるのが、いやじゃ、ないから。
「どうした? 何も言わないなら――」
 いつもよりよく動く唇を自分のそれで塞ぐ。不意打ちはせめてもの報いだ。主導権はすぐに持っていかれたが、意思表明には充分だろう。
「条件がある」
 吐いた息は熱っぽくて、心音は五月蠅い。湧いた感情を鎮める術はたった一つ。
「放置したりしない。あと、……焦らすのも、駄目」
「はいはい……で?」
 今自分の頬は間違いなく紅いんだろうなと意識する。この時点で相当恥ずかしいのに、この男はあくまで言わせるつもりらしい。喉の奥に逃げた唾液を恨みながら、濡れた唇に先ほどと同じ言葉を乗せた。


「すきにして、いいよ」





あとあがき:
火を付けたのはどちらが先か。

「好きな人に覚悟を決めて言った。 てったん「好きにしてもいいよ」 相手(完全無視)」って診断メーカーさんが言ってたのでがががっと書い……てたヤツをサルベージです。無視は最初だけでしたね。時間が空いたのでグダグダ感割増です。けど8月末のネタなんて信じない。そしてテッドさん眼鏡割らせてくれ。
2011/11/27


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