※テッド×テト
「っつ、」
唇に走ったぴり、とした痛みに、思わず顔を顰めた。ぺろり、舌を這わせると鉄錆びの味。どうやら切れてしまったらしい。やっちゃったな……テトは眉を寄せた。
乾燥には気をつけていた、はずなのに。練習に夢中になってしまっていたらしい。用意していた水はからっぽで、そういえばさっきから喉が痛み出していたことに気付いた。体調管理もできないなんて、歌姫失格だな。彼女はふ、と自嘲する。
(……モモにでも水を入れてもらおうか)
このままじゃどうしようもないし。軽くなったペットボトルを拾い上げて、ドアノブを捻った。
……ら。
「わっ!」
「おっと」
部屋を出てすぐ、扉の目の前に立っていたテッドにぶつかった。
「な、なにしてるんだこんな所で!」
危ないじゃないか! 突然の出来事に、思わず声を荒げる。対する彼は、何って、とあくまで冷静に返す。
「水、持ってきた」
「は」
「だから水。デフォ子達に頼まれて」
ホレ、と差し出されたペットボトルをひったくり、唾液さえ枯れた口に流し込む。少し咽せたが気にしない、体が欲しがるまま喉に注いで、あっという間に容器の半分を飲み干してしまった。
「……大丈夫か?」
「ん、おかげさまで」
口元に残った水分を手で拭い、視線を上げる――と、吹き出しそうになった。
「何だ?」
「いや、なんでもない」
だって君がそんな心配したような顔をするから。そんなこと言ったら怒るんだろうな、何せちょっと笑いかけただけで眉間に皺を寄せるのだから。どこか不機嫌そうな彼ははぁ、と息を吐き、そして何かに気が付いたように声を上げた。
「お前、口」
「え、ああ」
指摘されて、唇が切れていたことを思い出した。舌でなぞると血の味は先ほどよりは薄くなっていて、どうやら少し固まったらしい。
「切ったんだ。ちょっと乾燥してたみたいで」
でも、水も飲んだからもう大丈夫。言おうとした言葉はしかし、口の外には出せなかった。
「え」
突然顎をすくわれたと思えば、息がかかる程近くに、薄く開いたダークレッドの目があった。何、声に出そうとした瞬間、唇に別の体温。
「ん、」
思考が止まること数秒、湿ったそれが傷口をなぞった瞬間、漸く理解が追いついた。背中にぞわりと何かが這い上がって、とっさにテッドの腕を掴む。ちゅ、名残を惜しむように小さな音を立てて、彼は身を離した。茫然とへたり込んだテトが見上げると、彼は小さく溜息をついて、
「練習は程々にしろ。あと、水は切らすな」
声、枯れてるぞ。それだけ言うと、テッドはくるりと背を向けて足を進める。何、何で怒ってるんだ? それに、さっき僕の口、舐め――思い返して、かっと頬に熱が集まる。
「〜〜っ、テッドの馬鹿――――――!!」
思い切り叫ぶと、彼は応える代わりに手をひらひら振って見せる。何故だかテッドが笑っている気がして、テトは少し唇を噛んだ。
水分不足にご用心!