※波音リツ×櫻歌ミコ
おやつでも買って来なさい、そう言って渡された大き目の硬貨を手に出かけた彼は、しかしお菓子売り場の手前で足を止める。目に飛び込んできた小さな赤い容器を精算し、そのまま帰路についた。
RIP
「ミコ、居る?」
「はーい、ミコですよー!」
リツの呼びかけに、大きな尻尾を揺らしてぱたぱた走って来た少女は「なぁに?」と首をかしげる。小さな手には彼女の好物、どうやら今からおやつの時間だったらしい。リツは身を僅かに屈めて大きな目を覗き込み、
「おみやげがあるんだ。はい、これ」
握っていた手をそっと開いて、丸いそれを彼女に示す。果実の形を不格好ながら模ったそれを見、ミコはわぁ、と歓声を上げた。
「りんごー!」
「ああほら、そんなに大きい声出さないの」
しぃ、と彼女の唇に指を押し当てる。指先に伝わるぱりっとした感触、このままだと切れてしまうかも知れない。幼い少女は素直にそれを聞き入れ、
「ねぇリツ、これなぁに?」
ひそひそ、囁き声で言葉をつづけた。その様子がおかしくて、リツはくす、と笑みを浮かべる。
「リップクリームだよ。くちびるが乾いて切れないようにするために塗るの」
「くち、切れちゃうの?」
「そう。切れたら痛いよ? りんごもしみちゃうし」
「しみるの?」
しみるのやだ! ミコは泣きそうな、不安げな目で訴える。大丈夫だよとなだめて、
「ボクが塗ってあげるよ」
そう言って、容器の蓋をきゅ、とひねる。途端、甘い林檎の香りが鼻腔をくすぐった。
「いいにおいだねー」
「そうだね」
人差指にとり、ミコの乾いた唇にのばす。桜色のそれがわずかに赤く色づいていく様子をぼんやり見つめていると、リツは不思議な気持ちになった。
と、不意に右手を掴まれる。はっとなって顔を上げると、霞がかった赤い目がまじまじと、自分の指に視線を注いでいた。
しまった、噛まれる? とっさに身を固くしたが、ミコはそのまま口内にリツの指を引き入れる。やばいかな、そう思った瞬間、
ちゅ、と吸い上げられた。
「っ、」
一瞬、思考が停止した。
予想外の行動。強張った体から、うまく力が抜けない。硬直したリツの指を口から離し――外気の冷たさが妙にリアルだ――ミコはぐにゃり、顔を歪める。
「へんなあじ」
意味を理解するのに、数秒。
「あ、あぁ……薬みたいなものだからね、おいしくはないよ」
「お薬?」
「そう」
つまり、ミコにしてみるとこうだ。林檎の匂いにつられて舐めてみた、ただそれだけ。……なんだ、びっくりした。
すっと彼女の手をほどき、リツはリップの容器を握らせる。
「これはミコにあげるよ。でもミコはきっとうまく塗れないから、またボクが塗ってあげるね」
「うん!」
ぱぁと笑顔を浮かべ、彼女はぱたぱた走っていった。おおかたルークにでも自慢しに行くんだろう。その背中を見送って、小さく息を吐く。
「……ふぅ」
――へんなあじ、ねぇ。
ミコの言葉を反芻し、まだ濡れている指をぱくり、咥える。鮮明に残った感覚に忠実に水分を吸い上げたが、
(そうでもない、かな)
仄かに甘酸っぱい果実の味がした、だけ、だった。