※がくミク
「ほら兄さん、ミクちゃん誘って出掛けてらっしゃい!」
……と、妹に送り出されたはいいが、がくぽは隣家の呼び鈴の前で立ち往生していた。
一ヶ月前にグミの誕生日に何を贈ればいいのか判らないから、とミクを誘って買い物に行ったのが(何故か)バレて以来、自分はすっかりあれに頭が上がらなくなってしまったような気がする。現に今朝は押し切られ、一般的にはラフな、しかし彼にしてみれば撮影でしか着ないような服で家を出されたのだ。慣れないジーンズが酷く窮屈な感じがする。
「あれ、がくぽじゃん」
……グミの見立てを疑う気はないが、私にこんな格好が似合っているとはとても思えん。普段着だと初音殿に恥をかかせるだろうからと言っていたが、返って逆効果ではないだろうか?
「なぁ、何つっ立ってるんだよ?」
第一「自分の誕生日だから今日一日付き合ってくれ」など言うのはおこがましい以外の何事でもないのではないか。
「おーい、バ神威ー? ……聞いてねぇのかよ」
よし、ここは潔く引き返し「押すぞー」
――ピンポーン
「な、ミクオ殿、急に何を」
「何だ気付いてたのかよ」
なら返事くらいしろよ。緑の短髪に手を突っ込み、ガシガシと頭を掻くのは初音ミクオ。確かに先程から居たのには気付いていたが、しかし何故……
「あ、チャイムは恨むなよ。見ててじれったかったんだし」
「しかし急に押す必要は」
「あんたさ、声かけたら絶対押すなしか言わないだろ」
『はいはーい! あれ、ミクオちゃん?』
「ミク居るよな? 出して」
反論も虚しく、彼はがくぽが二十分かけても出来なかったことをとんとん拍子に進めてしまった。ドアの向こう、廊下を走る音が近付くにつれ、碌に準備していなかった心臓が跳ねる。
「もう、何の用……あ、がくぽさん!」
「初音、殿」
現れた少女が纏っていたのは、胸元にふんわりとした大きなリボンをあしらった、真っ白のワンピースを纏っていた。
よく、似合っている。
「……済まんが失礼する」
「え!?」
「はぁ!?」
家に入ろうとしたミクオまでもが驚いたが、そんなことは気にしていられない。
……駄目だ。私では到底釣り合わない。グミや初音殿には悪いが、やはり引き返そう。
しかし、
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ」
「お兄ちゃん!」
玄関から顔を出したカイトに引き止められる。
「やっほーがっくん、誕生日おめでとう」
「あ、あぁ。感謝する」
「あとミク、ちょっと耳貸して」
「?」
彼はミクの耳に口を寄せ、何事かを囁く。と、彼女の顔がみるみる朱に染まっていった。
「え、そんな……、わたし、」
「ほら、行ってらっしゃい」
「お、お兄ちゃんのバカー!」
振り返ってミクは叫んだが、カイトはドアの向こうに消えていた。いつの間にやらミクオも居ない、玄関先には二人だけ。
「初音殿」
「……はい」
帰るのは止めにしよう、せっかくグミやカイトが気を遣ってくれてくれたのだから。声をかけると、彼女は俯いたまま振り返る。
「参ろうか」
「はい」
手を差し伸べると、彼女は顔を上げてはにかむ。自分のそれに重ねられた小さな手、その温度と感触にドキリとしながらも、どこか安堵を覚える。壊さぬようにそっと握り、ゆっくりと足を進めた。
「ミクは?」
「今行ったよ。パーティまでの“時間稼ぎ”にね」
台所。様子を見に来たカイトに、メイコは昼食の準備をしながら声をかける。入り口にもたれかかった彼の言葉に「そう」と応え、
「……ねぇカイト、ミクに何したのよ」
「ん?」
目をきょとんとさせるカイトに溜め息。本当、こういう所は鈍いと言うか……。
「……ほらあの子、さっき思いっきり『バカ』って言ってたじゃない」
「ああ……」
聞こえてたんだ。彼は苦笑を浮かべ、口を開く。
「簡単だよ。ネタバレって言うか……そうだな、強いて言うなら――」
オクテな二人が近付く魔法
(「俺達からはミクをプレゼントするから、楽しんできてね、ってね」)