※四木夢連作とリンク
※きっとこの赤林は病んでいる







トン、トン、と小刻みにパンプスの音が聞こえる。控えめに控えめに、周囲に目を配りながら、極力目立たないように気を遣っている様が目に浮かぶ。
やっぱり今日も来たか。
赤林はほくそ笑んでソファから立ち上がり、ドアの前に両足を揃え極めて上品に立った。
「お邪魔します」ドアの向こう側から小さく声が聞こえて、ドアの隙間から光が徐々に入り込んでくる。

「こんにちは、お嬢ちゃん」
「…あ、赤林さん、こんにちは」

突然目に入ったのがこの事務所の主では無くて、その同僚だったことに、この子はどう思ってるんだろうねえ。
目を丸くして一歩後ずさった彼女に、赤林は作り笑いを貼り付けて「上がんなさいな」身を引いた白い腕を取って事務所の中へと引っ張った。
赤林の登場に驚いていた彼女は、部屋に入っても四木の姿が見えない事にまた、驚いていた。
どちらかと言うと、不安と心配の色を隠しきれずにいるのだが。
赤林はソファにどかりと腰を下ろして、彼女を手招きして呼んだ。

「あの…四木さんはどちらに」
「旦那ならオシゴトで出かけちまったよ?だからおいちゃんが留守を任せれてんのさ」
「…そうですか」

少女がわずかに眉を下げたのを赤林は見逃さなかった。
嘘は言っていない。だが、四木が彼女と会う約束をすっぽかして仕事に行くはずがない。四木なら恐らく職権乱用を顧みず、部下に押し付けて彼女の元へ向かう。

赤林が四木の携帯を「ちょっと借りた」のだ。
部下と込み入った話をして四木が目を離している隙に、ちょっとだけ。
未読になっていた彼女からの「週末事務所に行ってもいいか」と言うメールに「いいですよ」と四木らしい短文を赤林が返信した。
それから受信メールと送信済みメールからそれらを削除して、完了。
四木は何も知らずに粟楠本邸へ向かった。その代わりに、事の張本人の赤林が四木になりすましたまま、彼女が来るのをずっと待っていたのだ。

気の毒だけど、どうしてもやってみたいことがあってねえ。
赤林は何も知らない彼女を自分の隣に座らせ、じっと彼女の瞳を覗きこんだ。
揺らいでいる。水面のように、ゆらゆらと。
泣くのを堪えて涙が溜まっているわけではない。
彼女と話すとき、彼女はいつも不安そうに瞳を揺らがせて、赤林の話をただただ聞くばかりなのだ。
いたいけな少女の目には、自分の獣じみた本性が常に映されているのだろうか。それに怯えて自分を避けるのだろうか。

「大した目だねえ」

つい口から本音を漏らすと、彼女は泣きそうな顔をした。言われた事が理解できなかったらしい。
そんなに怯えないでよ、おいちゃん悲しいなあ。赤林が眉を下げて笑うと彼女は「すみません」と小さく謝った。

獣に怯えて一歩も動けない彼女は、赤林の奥底に眠っていた何かに目を付けられたようだ。
今、こんなにも心が高揚して、喉が鳴って、手指が疼いて、どこかふわふわするのはきっとそのせいだろう。
項垂れる彼女の肩を抱いて赤林は耳元に唇を寄せる。ここに噛み付いたら四木に殺されるのは確定しているから、とりあえず今はしないが。

嗚呼、この昂りは、愛とか恋とかそんな可愛いものではなく、


「嬢ちゃん、一発殴ってみてもいいかなあ?」



100829
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