「お待ちしておりました」
「おかえりなさいませ、お嬢様」
誰かを頼るのが嫌で、意地で歩いて帰宅したわたくしを待ち受けていたのはとんでもない光景だった。
下僕が、二人。
解雇を言い渡したはずなのに、玄関ホールで私を出迎え、恭しく腰を折っている。
な、なんで……?
「なんでいるの!?わたくしはクビと言ったはず!」
さっさと二人を出て行かせるために、わたくしは他の使用人を呼ぼうとして気がついた。
……あれ。
そういえばここ最近、屋敷でこの二人以外の使用人の姿を目にしていない。
一番の古株である爺やを最後に見たのは、いつだっけ?
「お嬢様、外は体が冷えましたでしょう。すぐに温かいハーブティーをご用意いたします」
ショウはそう言って、リュウはわたくしの上着を脱がした。
まるで、先程のことなんてなかったかのように、いつも通りに振る舞う彼ら。
「待ちなさい、質問に答えて!」
「……簡単なことです。私共の雇い主は御館様であらせられる。私共に暇を言い渡すのであれば、御館様の口からでないと聞き入れられません」
「いくらお嬢様の願いとあっても、こればかりはどうにも」
御館様……つまりお父様の許可が必要ってことね。
「そう。なら、携帯を貸しなさい。お父様に連絡するわ」
此度の暴挙を伝えれば、お父様だってこいつらをクビにしてくれるはずだ。
「それはなりません」
「……どうして」
「私共は御館様と契約をしているのです。生涯、この命尽きるまでお嬢様の眷属でいると」
「契約を破棄できるのは、私共が屍になったときか、まったくの役に立たなくなったときのみです」
「何よ、それ……」
そんな契約知らない。
お父様はそんなこと、一言も教えてくれなかった。
「わたくしなんか、嫌いなんでしょう?面倒くさいんでしょう?だったら、給料分のお金を支払うから、どこか遠いところへ出て行ってちょうだい」
蘇るのはショウの言葉。
『――どちらを選ぶと言われましたら、口に出すまでもございませんでしょう』
わたくしを見捨てたくせに……!
「ご安心ください、お嬢様」
その時くすり、と笑い声が聞こえた。
見れば、リュウが口角を上げて目を細めている。
……笑ってる。
あの、リュウが。
無表情で人形のような、彼が――。
嘘でしょう?
「確かに祥平はお嬢様を貶しめる言葉を使いました。けれどあの時、お嬢様を選ばないと言ったわけではございません。なにより私共の答えは、初めからたった一つだけしか存在していないのです」
「後からならどうとでも言えるわ!」
「信頼してくださらないのですか?私共はこんなに、あなたを想い身を焦がしてやまないというのに」
「何を……」
意味が分からない。
それに、たとえリュウの言っていることが事実だとしても、あんな大勢の前で紛らわしい台詞を口にした時点で従者失格だ。
賢い下僕なら、あの女子生徒を捨て置くべきだった。
気にかけてはいけない。
だから、今更取り繕っても、もう遅い。
「申し訳ありません。泣きそうになってらしたお嬢様のお顔があまりに可愛らしく、いじらしく……。つい、加虐心に火が点いてしまったのです」
何が嬉しいのか、常時からは想像もできないような満面の笑みで言い募るショウ。
何故だかわたくしは寒気がした。
「お嬢様のお傍を離れる選択以外の、如何なる罰も快くお受け致しましょう。しかし、私共の忠誠に異を唱えますなら、納得していただけるよう証拠をお見せします」
そして、二人は口を揃えて言った。
「手始めに、お嬢様に仇なすすべてを排除して参りましょうか」
と。
END