07




「……ここならいいか」

薄暗い、屋上へと続く階段の踊り場。
そこでようやく宇崎は私の顔を見た。

「何が?」

まったく話が見えない。

「ハァ……。もう、お前、ふざけんな。心臓止まるかと思ったわ」
「え。なんで私、怒られてるの?保健室行ったことがそんなに悪かった?」
「いや、そうじゃなくて。あー、本当に」

ぐしゃぐしゃと宇崎が前髪を掻き乱すので、一瞬、乱心したのかと心配になった。

「いいか、白波。なるべく保健室には近づくな。それと屋上も。さっきのやつらに会ったら、すぐに逃げろ。間違っても自分から関わろうとするんじゃねぇぞ」
「え?あ、うん」
「分かってねぇな、その顔」

ご名答。
いきなりそんなことを言われたって、理解しろって言う方が無理がある。

「俺はお前を……いや、なんでもねぇ。とにかく、頼むから目立つようなことはするな。面倒事に巻き込まれたくないだろ?」
「ん〜、了解」

目立つことってなんだ、とは思いつつ、根掘り葉掘り聞くのも億劫だったので、適当に頷いておく。
宇崎のおっしゃる通り、面倒事は嫌いなんだ。

「つーか、お前。なんで保健室にいたんだよ。どっか怪我したのか?」
「あ〜、指んトコをちょっと、ね」

ほら、と赤い筋ができてしまっている指を見せると、途端に顔色を無くす宇崎。

「おまっ、めちゃくちゃ血ぃ出てんじゃねぇか!ちょっとどころじゃねぇよ、これ!!」

珍しく焦ってるなあ。
不謹慎かもしれないけど、なんだか面白い。

「大丈夫だよ。傷自体は浅いし、血が多く見えるだけだから」
「……痛くないのか?」

割れ物を扱うようにそっと手首を握られ、傷口を凝視される。
そんなに心配しなくとも、慣れてしまえばこの些細な痛み程度、どうってことない。

「心配性だね、宇崎は。知らなかった」

茶化すように笑う。
もう一度大丈夫だと言えば、宇崎はわずかに顔をしかめ、そして私の手首を引き寄せた。

「俺はいつでもお前のことを心配してるぜ。お前ほど危ういやつを、他に知らないからな」

そう言って彼は―――傷口を、舐めた。

「!!」

血を拭うかのように角度を変えて、宇崎の舌が私の指を蹂躙する。
突然の行動に呆気にとられたのもつかの間、ざらりとした生々しい感触に背筋が凍り、同時に顔に熱が篭もるのが分かった。

「う、宇崎!何やってんの!?」
「何って。早く治るようにまじない」
「そんなことしなくていいから!!」

衛生的にも、私の羞恥心的にも良くない。
幸い傷自体は大したことがないから、宇崎の唾液が混じっても滲みることはないけど、こんな姿だれかに見られてみてよ?
絵面が相当やばいことになってる。
見る人が見れば、間違いなく、卑猥な行為に映ってしまうだろう。

たとえ、宇崎に他意がないのだとしても。

「は。お前、顔赤い」

宇崎に指摘され、私は顔から火が出る思いだった。
誰のせいだ、誰の!

「宇崎、離し――」
「もうちょい。絆創膏貼ってやるから」
「……」

絆創膏、という言葉に私は抵抗をやめた。
保健室ではあれほど探したのに見つからなかった、待望の物。
几帳面な性格とは似ても似つかない宇崎がそんなものを持っているなんて意外だが、絆創膏どころかハンカチすら所持していない女子力皆無な私が言えるセリフではないので、あえて口には出さない。

おとなしく宇崎に絆創膏を貼ってもらった。

「本当、危なっかしいやつ……」

小さな小さな、独り言が聞こえた気がした。


―――そして、私は知らなかった。
私たちのやりとりを盗み見ていたらしい人物がいたことも、その人が「許せない」と忌々しく呟いたことも。

私の身に降り注ぐ、容赦のない攻撃は、すでに始まっていた。






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