05




その数分後、不注意で指を切ってしまった私は、絆創膏をもらうために保健室を訪れていた。

……が。

「テメェ、ここに何の用だ!!表の紙が見えなかったのか!」

保健室に足を踏み入れた途端、見知らぬ男子生徒がもの凄い剣幕で私に怒鳴ってきた。
何の用もなにも、怪我人が保健室に来る理由など一つしかないだろう。

私は考えてみた。
表の紙。
と言われて思い当たるのは、保健室の扉に貼られていた“立ち入り禁止”の紙だ。
てっきり、保健室を都合のいいサボリ場所にせんとする輩を入室させないためのものかと思っていたが、違ったらしい。
男子生徒の言い回しからして、あの紙を貼り付けたのは彼のようだ。

「えーっと、絆創膏だけ貰いたいんですけど」
「さっさと出てけ!」
「いや、絆創膏……」
「聞こえなかったか、女!ぶん殴られたくなけりゃあ、失せろ!!」

ぶん殴るだなんて、そりゃまた物騒な。
なかなか話の通じない相手に、私は困り果てた。

どんな理由で、彼がここを“立ち入り禁止”にしたかなんてどうでも良かった。
気にもならないし、知りたいとも思わない。
ただ、私は未だ血の固まらない傷口を塞ぐためのものが欲しいだけだ。

「ちょっとだけ。目当ての物を見つけたら、すぐに帰るから」
「ふざけんな!」

怒り心頭に発した男子生徒がとうとう私の胸倉を掴んできた。
強硬手段に出る気か。
殴られるのは痛いから嫌だな、とぼんやり思っていた私だったが、男子生徒は私に暴力を振るうことはなかった。

第三者の声が、いなしたから。

「志月。……いい、通してやれ」

とても落ち着いた声色。
室内に置かれた仕切りの向こうに、誰かがいた。

その途端、男子生徒はあっさりと私を解放する。

「で、でも」
「怪我人なんだろう、そこのは。手当だけでもしてやるといい」
「……」

仕切りに浮かぶシルエットでしかその人の姿を捉えることはできないけれど、高圧的な口調からして、男子生徒よりも年上なのだろうか。
あれだけ私に敵意を剥き出しにしていた男子生徒が、とても従順に声の指示に従ったから。
上下関係がはっきりしている。

それにしても、「そこの」って私のことを指しているのか?
私は物じゃないぞ。
否定した方がいいのかな。

「仕方ねーな。お前、そこに座れ。仕切りの向こうには行くなよ」

男子生徒が顎を使って、傍にあった椅子に座るよう促した。
どうやら手当をしてくれるらしい。

けれど、私の負傷はただの擦り傷だ。
血が止まっていないものの、大した怪我ではない。
人に手当をしてもらうようなものでもないので、丁重に断ることにした。

「大丈夫。ありがとう、絆創膏だけ貰えるかな」
「ハァ?人がせっかく親切に言ってやってるのに!」
「でも、大した怪我じゃないからなぁ」
「だったら保健室に来んじゃねーよ!!」

まあ、ごもっともだ。
あまりにもはっきりした物言いに、微苦笑が浮かぶ。

そこで私はふと気づいた。

「そういえば、保健の先生は?」
「……」
「いないの?」

無言は肯定ととる。
返事をすることさえ億劫に思ったのか、彼は忌々しそうに眉間にシワを刻み、値踏みするように私を見てきた。

……これは、長居しない方が良さそうだ。

年の離れた兄いわく、私の危機管理能力は野生の獣並なんだそう。
危なっかしそうに見えて、けれど本当に危険な目には遭わない。
事前に回避するだけの、鋭い嗅覚を持っているから。

とかなんとか、行き過ぎた評価をいただいただけあって、男子生徒の眼差しに嫌なものが滲むのを感じた私は、適当に戸棚をあさって早々に退散しようとした。

絆創膏さえ見つかればもうここに用はない。
そう思っていた。

保健室に、さらなる来訪者がやって来なければ。



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