09



“怒篭魂に近づくな”
“怒篭魂のお姫様はあ・た・し”

“さっきのやつらに会ったら、すぐに逃げろ―――”

来栖嬢が去った後、私はしばらく中庭でぼーっとしていた。
ぐるぐると、頭の中を巡る言葉たち。

どうして来栖嬢は、私にあんな態度をとったのだろう。

あたしの物に手を出そうとした、って言ってた。
来栖嬢の物って?
怒篭魂のこと?

でも私は、怒篭魂に近づいてなんていないし、たぶん怒篭魂の幹部だろうチトセって言う人も知らない。
色目なんて、使ってない。
どこにも、勘違いされる要素はないはずだ。

「おっかしいなぁ……」

来栖嬢が落としていったお弁当を見て、これが何よりの証拠だと、先程起こった出来事が白昼夢でもなんでもないことを歴然と語っていた。

もったいないので、地面に散らばるお弁当のおかずを拾い集め、持参していたビニール袋に入れておく。
鳩のエサにしよっと。



―――事件が起こったのは、その日の放課後だった。

クラスの男子生徒から話があると呼び出され、一人資料室へと向かったはいいものの、資料室に男子生徒の姿はなく。
代わりに……。

「告白だとでも思った?バァーカ」

歪んだ笑みの来栖嬢が、水の入ったバケツを持って、待ち構えていた。

「えーっと……なんで水?」

よく見れば、資料室は物が散らかり、辺りには紙が散乱しているではないか。
まるで誰かが暴れたような痕。

来栖嬢がバケツを持ち上げる。
嫌な予感がして、私は強く目を瞑った。

しかし、来栖嬢が水をかけたのは、私ではなかった。

「―――!」

なんと。
彼女は自分自身に、冷たい水を浴びせたのだ。

「な、何してるの?寒くない?」

駄目だ。
私ちょっと、この子が何したいのか分からない。
昼間の時も自分のお弁当をひっくり返すし、本当、意味が分からない。
自虐趣味……なわけないよね。

来栖嬢は続けて、どこからか取り出したハサミを私に持たせた。

「え?」

なんでハサミ?

そして、自分の制服を着崩したかと思えば、突然叫んだのだ。

「い、いやああああああ!!助けて!誰か!お願い、助けて!!」

壊れた。
来栖嬢が、完全に壊れた。

まるで私に怯えているかのように距離をとり始め、カーテンの裾を握り、縮こまって震える彼女。
さっきまでの威勢の良さはどこに?
二重人格って、ここまで酷いものなのか。

呆然としていると、数秒後。
廊下からバタバタと数人の足音が聞こえ、扉が蹴破られた。

バコンッ!!と。
凄まじい音がした。

「絢華!!大丈夫か!?」

学校の扉って蹴破れるんだー、と場違いなことを考えていたこの時の私は、自分がどれほどの窮地に立たされているのか、まだ気づいていなかった。

「!!て、てめぇ……!!」

私を視界に入れると、鋭い目つきと剣幕で睨んでくる男子生徒。

片耳にピアスをしている。
髪も染めてる。
―――不良だ。

いつか、保健室で会った彼らと同じ。

「絢華に、何しやがった……っ!!」
「た、助けて、太一くん!あたし、いきなりここに連れてこられてっ、水かけられて、ハサミで……」
「……!」
「こ、怖かったよぉ!!」

涙ぐむ来栖嬢を尻目に、私はといえば状況についていけず、ポカンとしてしまった。

いや、だって。
何言ってんのお嬢さん。
水かけたのも、ハサミを持たせたのも、全部あんたでしょう。

「これは酷い……!」
「絢華ちゃんびしょ濡れじゃん!ちょっとぉ、どういうこと、これ!」
「制服もボロボロですね」

太一くん、と呼ばれた男子生徒の後ろには、ついこの間保健室で会ったチャラ男と手当をしようとしてくれた茶髪の男の子、それから保健室にはいなかった眼鏡の生徒がいた。
眼鏡の生徒は絶句していて、チャラ男は来栖嬢を見て青ざめてる。
唯一、手当をしようとしてくれた男の子――茶髪くんだけは、冷静に物を言っていた。

「貴様、絢華になんてことを!!」

眼鏡の生徒が叫ぶ。

あれ。
ひょっとして、私加害者扱い?
クラスメイトに呼ばれて、ここに来ただけなのに。

「私は何もしてないよ」

ハサミを近くにあった机の上に置き、両手を挙げて敵意のないことを示す。
まずは誤解を解こう。
そう思った。

「この期に及んで言い訳か――クズがッ!!」

片耳ピアスの人が、私の鳩尾を蹴り上げるまでは。




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