悩殺ガール
01
物心つく以前に父親が亡くなり、以来、二人の姉と母親、時々泊まりにやってくる叔母だけの異性とは無縁の環境で育ったせいか、高校生になった今も、私は男というものとの付き合いをひどく苦手に感じていた。
第一に、うまく話せない。
「あっれー。なあ、宮原。次の授業って何だっけ」
「えっ!?」
例えば隣の席の男子にごくごく答えやすい質問をされたとき。
「数学だよ」とだけ言えばいいものを、私は……。
「ば、馬っ鹿じゃないの?一日の授業科目もも覚えられないなんて、随分残念な頭してるのね。次は脳ミソがすっからかんなあなたには苦痛でしかないだろう数学よ。数学。分かる?」
と、何故か相手に喧嘩腰で話してしまう。
「はあ!?」
当然、相手にはキレられる。
第二に、頑張って話しかけようと男子を眺めていれば、どうしてか相手側には睨まれていると勘違いされ。
「宮原って、目つき悪ぃよな」
「何もしてないのにめちゃくちゃ睨んでくるし」
等々、男子たちに敬遠される。
第三に、宮原梨子は“男嫌い”との噂が広まり、暗黙ではあるが男子たちにはいわゆる同性愛者扱いをされてるようだった。
「あいつ女が好きなんだって」
ち、違うのに!
私はレズでもなんでもない。
ただ、男の子との付き合い方が分からないだけだ。
恥ずかしさのあまり攻撃的な口調になり、テンパって目に力を入れてしまう行為が、はからずも睨んでいるように見えるだけ……。
本当は、男子と仲良くおしゃべりしたいし、彼氏だって作りたい。
一度きりしかない高校生活。
このままずっと、男子に同性愛者だと誤解されたままなのは嫌だった。
今年の春こそ。
私は彼氏を作るのだ!
「春ってさぁ、人をおかしくさせる季節よねぇ」
のんちゃん――私の友達である有村ののかについさっき固めたばかりの決意を話すと、生温かい視線と生温かい笑顔をいただいてしまった。
何故だ。
私はなにもおかしいことを言っていないはずだぞ。
「不審者って言うのは、どうしてか春先になると、それまで冬眠していた虫のように一斉に湧いて出てくるのよねぇ。あれなんでかしら」
「私は不審者じゃないからね!言っておくけど!」
あたかも私が春先に出てくる不審者のようにのたまうのんちゃんに、突っ込まずにはいられない。
なんで彼氏を作ろうと決意しただけで不審者扱い……。
「別に今のままでいいんじゃないの?無理に彼氏なんて作らなくても。大体あんた、クラスのほとんどの男子に嫌われてんのよ。アンダースタンド?」
「分かってる!でもこのままじゃ、私一生独身だよ!孤独死だよ!知ってる?男子たちの間では、私とのんちゃん付き合ってることになってるんだよ……」
「あら、今更気づいたの?」
「知ってたの!?」
「かなり前から言われてたわよ」
そ、そんな。
私はただ、男子とどう接していいか分からないだけなのに……。
たったそれだけで、どうして同性愛者になんなきゃいけないの!
「彼氏作る彼氏作る絶対今年こそ彼氏作る……」
「梨子が壊れた」
「彼氏ほしー!」
私だって人並みに、身を焦がすような恋とかに憧れてるんだ。
そして。
―――願ってもないチャンスが訪れたのは、翌日のことだった。
カッ、カッと響くチョークの音。
黒板に書かれた“廣瀬翔也”の文字。
「こんにちは、よろしく」
至って簡潔な挨拶をする、スラリとした細身の男。
そうです。
我がクラスに、転校生がやって来たのです!
しかも席は私の隣という……。
なにこれ据え膳?
きっと私の状況を見兼ねた神様が、私のために用意してくれたビッグチャンスなのだろう。
と、勝手に解釈。
ささっと席についた転校生・廣瀬くんに、私はさっそく「よろしくね」と挨拶をしようとして――
「ふぅん。転校生って聞いたから期待したけど、大したことないじゃない。まるでちょっと毛並みを整えただけで血統種をきどる雑種ね。これから私に近寄らないで、話しかけないで。よろしくね」
「は?」
やった。
またしてもやってしまった!
つまりさらさらとした黒髪がかっこいいね、わからないことがあったらなんでも聞いてね、と言いたかった私なのだけど、かなり歪曲的な喩えに。
おそらくというか絶対、真意は相手に伝わってない。
証拠に廣瀬くんは、なんだこいつって目で私を見てる。
「うざ……」
ボソリと呟かれた言葉。
が、ガーン!
ファーストコンタクト、失敗した。
「クス。なら、元の学校にお戻りになったら?」
「……喧嘩売ってんのか?」
うん、大失敗。
なんでこう、思ってもないことが口から飛び出てゆくのだろう……。
「いやー、面白かった!あんたとあの転校生とのやりとり!」
放課になり、のんちゃんのもとに泣きつくと、腹を抱えて笑われる始末。
笑い事じゃないやい。
「チャイムが鳴るまでずぅっと火花散らしてたものねぇ」
「散らしてない!」
「あんたの心はね。態度と口調は完全に喧嘩腰だし、相手なんかものの見事に梨子を敵視してるわよ。凄いわねぇ、出会って数秒で敵認定……」
「う、うわーん!」
こんなはずじゃなかったのにぃ……!
クラスの男子から煙たがらるている私は、おそらく同じ学校の生徒とは恋愛に発展できないだろうから、この時期に新しく転校してきた彼に少しだけ運命を感じた。
頑張って仲良くなろうと、あれから何度か廣瀬くんに話しかけようとするのだけど、廣瀬くんの睥睨に遭い叶わず。
のんちゃん曰く、私が先に睨んでいたとか。
そ、そんなつもりはなかったんだよ!微塵も!
「あ。噂をすれば、廣瀬」
「え?」
振り返ると、廊下で廣瀬くんが歩いていた。
なんと。
隣に、可愛らしい女の子を連れて。
「あばば!?どうしようのんちゃん、ライバル!ライバル出現だよ!」
「ちょ、抱きつくのはいいけど首絞めないで」
よく見れば、女の子は学年一可愛いと噂される山内さんじゃないか。
クラスも違うはずなのに、どうして廣瀬くんと一緒にいるのだろう。
楽しそうに談笑しちゃってるし……。
私なんて微笑まれるどころか、鋭い目つきでしか見られてないよ!
廣瀬くんが席に戻ったのを見計らい、私もそれとなく隣へ着席する。
横目で彼を見るが、至って普通の澄まし顔。
告白されて付き合うことになった……とかじゃなかったってことだよね。多分。
ええい、女は度胸だ。
廣瀬くんに直接聞こう!
「ねえ。さっき、どうして山内さんと一緒にいたの?」
「は?」
恐る恐る尋ねてみると、相手は瞬時に目を細めてこちらを威嚇してくる。
え、なに。怖い。
でもおそらく、私も同じような顔をしているからだと思う。
「あんたには関係ないだろ」
関係ないだろ……関係ないだろ……関係ないだろ……。
ああ、脳内でエコーがかかる。
のんちゃんに言われた通り、敵認定された私に話すことなんてなにもない、と。
ショックで心が灰になりそうだけど、めげるな私。
「そう、良かったわ。その様子だと山内さんとは何もないのね。彼女があなたの毒牙にかかってないようで、安心したわ」
ち、違うー!
焦ってる様子もないから、廣瀬くんが山内さんを好きになったわけじゃないことに安心したんだよ!
泣きそうになる。
私って、壊滅的な口下手だ。
神様にチャンスをもらったところで、てんで活かせやしない。
ここまでくると、もはや私はただの馬鹿なのかもしれない……。
「ハ。さっき一緒にいた女に続いて、山内も狙ってんだ?」
「え?」
「女が好きなんだろ?あんた」
……誰だ、廣瀬くんにあの噂をリークした馬鹿者は。
「そうね。外見も中身もパッとしない連中よりは、可憐なお花の方が魅力的よね」
そしてそれを肯定する私は、稀代のうつけ者でいいと思う。
結局、放課後になっても私と廣瀬くんとの距離が縮まることはなかった。
むしろ冷戦状態だった。
のんちゃんに「二人とも吹雪を背負ってた」と言わしめるほどだ。
反省しよう……。
原因は100%私にある。
今日の帰りには“異性とうまく話せる本”を書店で買って行こう……。
そんなことを思いながら、一人夕暮れ色に染まった廊下を歩いていると、ものすごい場面に遭遇してしまった。
「お前は本当にトロくさいよなあ」
数人の不良っぽい人たちが、一人の男子生徒を囲ってゲラゲラ笑っているのだ。
男子生徒はいかにも気弱な容姿をしていて、今にも暴行を加えられそうな雰囲気。
う、うそーん……。
私はとっさに物陰に隠れ、彼らの動向を見張ることにした。
本当は帰ってしまいたいけど、あの男子生徒を見捨てるわけにもいかない。
ここは、先生に助けを求めに行った方がいいのかな……。
「お前、山内に気があるんだろ?」
「ちが……っ」
「けど残念だったなあ。山内はここにいる五並の彼女。想うだけで犯罪ってわけ。覚悟できてる?」
聞こえてくる会話。
山内さん?
え、彼氏いたの……。
しかも、見るからに不良な人だ。
五並と呼ばれた男は、楽しそうに男子生徒の胸倉を掴んだ。
「……!」
やばいやばいやばい。
このままじゃ、男子生徒がフルボッコの未来しか想像できない。
「ま、待ちなさい!」
威勢だけは良く。
つい止めに入ってしまった私は、こちらを振り向いた不良たちの双眸にさっそく後悔した。
……私、何やってるだろう……。
「は?誰だお前」
「あ、俺知ってる。一年の宮原梨子ちゃんでしょ〜。男嫌いの」
「ああ、あの女か」
ぎゃ!
どうして、私の名前を!!
しかも、一年と言ったということはこの人たち先輩か!
「あ、あなたたち、自分がにゃにして……な、な、何してるのか分かってるんでしょうね!」
震える手足に鞭打って、精一杯に紡いだ言葉。
ええ、噛みました。
噛みましたとも。
恐怖で歯がガタガタ言ってるんですもん。
そりゃあ噛みますって。
どうしよう笑われる。
「え……」
しかし何故か不良たちはポカンとした表情になる。
な、なに?
笑いも起こらないほど、ひどい噛み具合だった?
「え、きみ本当にあの宮原梨子ちゃん?」
「いっつも俺たちを睨んでる……」
睨んでませんけど!?
意味が分からないものの、不良たちは私の登場で完全に男子生徒から気が逸れたようで、私は今のうちに逃げて!と彼に目配せする。
……が、何故か男子生徒さえも、私を見つめて呆然としていた。
何してんの!?
早く逃げてよ!
「か、かわいーーーー!!」
不良の一人が叫んだ。
空気的にも、場違いな単語を。
「何?いつも俺たちのこと虫ケラを見るように睨んでる梨子ちゃんが、生まれたての子鹿のように足をぷるぷるさせながら、俺たちを止めようとしてる!何この必死感!俺たちが怖いのっ?いつもあんなに睨んでるのに!?涙目だよ!すっごく可愛いよ!!」
矢継ぎ早に喋る不良に、私はと言えば目が点だ。
うん……?
この人何言ってんの……?
頭の中をすり抜けていった不良の言葉を理解しようと試みるも、難解だった。
―――“可愛い”?
誰が?
あれ。私、今何してるんだっけ。
暴力を振るおうとしていた怖い不良を止めようと……ん?
怖い不良?
どこにいるんだろう、それは。
ここにいるのは、顔を真っ赤に染め上げて、興奮しているとしか言いようのない男たちだけなのに。
「お前!」
ビクッと肩が跳ね上がる。
あの五並とか言う男が私の方に歩いてきて、腕を掴んだ。
「か、勘違いするなよ!お前のギャップにやられたとか、そういうんじゃないからな!」
「は、はあ……」
どうしよう。
さっきまで厳つい不良でしかなかった五並が、今はただの頭のおかしな人に見える。
「いいか!俺の女になれ!!」
…………彼女いるんじゃ?
翌日、廣瀬くんとは仲直りできなかったものの、不良の先輩三人に懐かれるという、非常に奇妙な構図ができあがった。
もちろん五並の「俺の女になれ」発言は丁重にお断りさせていただいた。
彼氏は欲しいが、不良及び軽い遊び人はいらない。
そんな様子にのんちゃんが笑顔で舌打ちするのも、結局五並にフラレてしまったらしい山内さんが色々画策し始めるのも、また別のお話。
私は未だ、彼氏募集中です。
END
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