悩殺ガール


03







すぅっと息を吸う。
頑張れ私、今日こそ言うんだ。

廣瀬くんに、「おはよう」と……!


―――ガラガラ。

しばらく深呼吸を繰り返した後、大きな決意を胸に、私は勢いよく教室の扉を開けた。
それとなく自分の席の方を窺ってみると、隣の席には既に廣瀬くんが座っている。
何やら難しい本を読むのに集中しているようで、私が来たことにはまだ気づいていない様子だ。

よし。
まずは「おはよう」と爽やかに挨拶をして、自然な感じで世間話に入ろう。

「学校にはもう慣れた?」とか「何の本を読んでるの?」なんかは良い質問かもしれない。

さぁ、いざ出陣―――

「おは……」
「げっ」

挨拶をしようと口を開いた瞬間、私に気づいた廣瀬くんが顔を上げて物凄く嫌そうな表情をする。

聞き間違いでなければ、「げっ」と。
まるで敬して遠ざけていたものに意図せず会ってしまったような、そんな反応である。

「………」

当然、出鼻をくじかれた私は、同時に心までもが砕かれた。

げって何、げって!
私はただ挨拶がしたいだけなのに、蛇蝎のように見事なこの嫌われっぷり。
私が何をしたと言うんだあああ!!

涙を堪えきれずに我が親友、のんちゃんの腕の中に泣き寝入りを決め込むと、「大丈夫、傍から見てるとあんたの方があの転校生のことを嫌っているように見えるから」と何の慰めにもならない言葉を頂戴した。
そんなつもりは一切ないのに。

ああ、最近とみに自分が嫌になる……。


男とは無縁の家庭で育ったせいか、私は男という生き物を酷く苦手に感じていた。
まず、上手く話せない。

「宮原、わりぃ。筆記用具忘れちまって、シャーペン貸してくんね?」

たとえば隣の席の男の子にそんな頼み事をされた時。
物腰柔らかく「いいよ」と笑って、頼まれたものを貸してあげればいいだけなのに、何故か私はそんな簡単なことすらできなくて。

「―――学校に何しに来てるか分かんないわね。仕方ないから貸してあげるけど、返さなくていいから。あなたが使ったものなんて、使えないし」
「な……っ」

と、かなりトゲトゲな対応に。

つまり、シャーペンだけじゃなくて消しゴムも貸してあげるよ、むしろ返さなくて大丈夫だよ。
男子が一度使ったものを使うなんて、彼氏彼女じゃないんだし、考えるだけで恥ずかしくなるから!

………という意味なのだが、真意はまったく伝わっていないだろう。

そして、男の子と視線を合わせるのも苦手だ。
見られているのだと意識してしまうと、図らずも目に力が入り、睨んでいるのかと誤解されてしまうことが多々。

違うんだよ、恥ずかしいだけなんだ。
誰か私の心を代弁してくれたらいいのに!

そして極めつけは、最近の悩みの種でもあるあの人たち。

「やっほ〜梨子ちゃん!会いに来ちゃった☆」

げっ。
この声は……。

噂をすればなんとやら、現れたのは“彼ら”だった。

「顔真っ青にしちゃって。かぁわーいーい。俺たちに会えて嬉しいの?ねぇねぇ?」

ズカズカとよそ様のクラスに入ってきて、私のもとまでやって来ると無遠慮に肩を抱いてきた先輩その1。
非常に馴れ馴れしいこの人は、確か川崎先輩と言って、あの日以来何かと私に「可愛い」と連呼してくるようになった迷惑な存在である。

彼は私の反応が新鮮なようで、それを楽しんでいる節がある。
感覚的に、たぶんドS。
人当たりの良さそうな、気さくな雰囲気を醸し出してはいるけれど、その目には加虐的な色が潜んでいて。
のんちゃんに少し似てるような気がしなくもない。

「よ、よぉ。お前、好きなもんとかねぇの。俺様の彼女になれば何でも買ってやるぜ」

頬を染めた乙女のような表情で、とんでもないことを言ってのける先輩その2。
またの名を五並というらしい。

あの日以来、この人はこれが平常運転だ。
隙あらば私に付き合えだの彼女にしてやるだの、上から目線の俺様な発言ばかりかましてくる。
学校一の美少女である山内さんを彼女にしておきながら他の女を口説くなど言語道断じゃボケ!と心の中でイキってみせたが、その山内さんとは何やかんやあって別れてしまったらしい。
先輩その1が喜劇の如く教えてくれた。
うん、私のせいでないことを祈りたい。

「………お前ら、いい加減にしろよ」

そして二人の影に隠れて、どこかうんざりとしているのが先輩その3である。

彼は最初こそほか二人と同様に私をからかって楽しんでいたが、新鮮味を無くしたのか、それともほか二人の大層な執着ぶりに辟易したのか分からないけれど、今は先輩その1とその2の保護者のような面で教室にやって来る。
こんな我儘なお子様を二人も……、ご愁傷さまです。

と、同情したのも束の間。

「下級生の教室にまで押しかけてよ、女の尻なんぞ追いかけ回して!特に、五並!てめぇ、そのおかしな発言マジで言ってんじゃねぇよな?好きなもんなんでも買ってやるから彼女になれって、ただの援交じじぃじゃねーか!俺は女に媚び売るお前なんて見たくねぇぞ!?」

先輩その3はほか二人の私に対する度を越した嫌がらせという名の言動に、かなりストレスを感じていたようで、たった今爆散した。

もっと言ってほしいが場所も考えてほしい。
ここは教室だ。
ほら、クラスメイトたちの視線が痛い。
頼むから私を取り囲んでギャーギャー騒がずに、どうせうるさくするのなら是非ともご自分の教室でお願いしたい。

「うるせぇ黙れバカ穂高。俺がこいつに媚び売るわけねぇだろ。目ぇ腐らせたか」
「はあ!?どう見たって言い寄ってんじゃねーか!女なんて勝手についてくるもんだっつってた以前のお前はどこ行っちまったんだよ!」

先輩その2とその3が口論に発展するすぐ横で、先輩その1がニコニコ私を見ている。

「梨子ちゃん梨子ちゃん、今どういう気分?」
「はい?」
「だって二人の男がきみを巡ってバトってるじゃーん☆」

え、なに。
その言い回しに悪意しか感じないし、その事実に殺意しか芽生えないんだけど、どうすればいいの?

「てゆーか、梨子ちゃんやっぱり引く手数多って感じ?見てよ、俺らのこと蛇蝎のように睨んでる視線が二つ」
「何言ってるんですか?」
「うわぁ、めちゃくちゃ冷たい目だね!なんか癖になりそう☆」
「………」

この先輩もう嫌だ……。
泣きたい気持ちが伝わったのか、教室に三年の生活指導の先生(通称ゴリセン)が「コラ、下級生の教室に入り浸るなーーー!!!!」という怒声とともに現れたことにより、次の瞬間に先輩たちは蜘蛛の子を散らすようにいなくなってくれた。
ゴリセン、ありがとう。

そして、ゴリセンを呼んだのはのんちゃんだったらしい。
流石のんちゃん、我が親友。
友達のピンチを救ってくれたのね。

先輩たちの襲撃をかろうじて乗り越えた私はホッと安堵の息をつくのだけど、隣の席に戻ってきた廣瀬くんが呟いた単語によって、再び地獄に叩き落とされた。

「………ビッチじゃん」

び、びっちーーーーー!?


授業を終えた私はのんちゃんに泣きついた。
廣瀬くんの言葉があまりに胸に突き刺さって、返しでもついてたんじゃないかってくらい刺さったまま抜けないのである。

だって、ビッチだよ?
廣瀬くんは私の方を見て呟いたわけじゃないけど、それでも私に向けられた言葉のような気がした。

あれもこれもあの先輩たちのせい!

私はのんちゃんの背中に子泣きじじいのように抱きついたまま、動けずにいた。

「鬱陶しいわね……」

のんちゃんがぼそりと囁いた。
ううう。

「私、鬱陶しい?」
「違うわよ、あんたじゃなくてあの男ども!いつの間にあんなのと知り合いになったのよ。朝から教室に押しかけてくるとか非常識にも程があるっての!」

珍しく、のんちゃんが感情を顕にして怒っている。
あまりにも珍しいので、私はなんだか圧倒されてしまった。

「あの男どものせいで、転校生からも謂れなき中傷を受けてるんでしょ?厄災ね、本当」
「………」
「なんで本人がキョトンとした顔してるのよ」
「いや、のんちゃんが私のために怒ってくれるの、ちょっと嬉しいなって」
「当然でしょう?」

改めて言う、流石親友。
当然だと言い切ったのんちゃんに、私は破顔した。


私は相変わらず彼氏を募集しているけれど、のんちゃんがいてくれるなら、もうそれだけでいいような気もしてきた。



END




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