日和見主義 | ナノ

第七話 正体




いつか私の教室までやって来て、トウマ先輩の友人を名乗ったあの人――裕典先輩だった。

「な、なんで?トウマ先輩は」
「あ〜?開口一番にそれか、お姫さま」
「なんで……」

この状況についていけない。
どうして私は拘束されて、学校にいるのか。
私を抱きしめる裕典先輩は、何なのか。

何が、起こっているのか。

「そうだ!晴は、晴は無事なの……っ!?」

意識が途切れる直前、最後に見た景色の中で弟は糸が切れた人形のように倒れていた。
まさかとは思うが、殺されたりしてないだろうか。

「ったくよぉ、お前、有り得ねぇ。この俺の前で他の男の名前を出すかぁ?普通」
「晴を殺したの!?」
「んなことするかよ。なんで俺が殺人を犯さなきゃいけねぇわけ?それにどうせ殺すなら、最初は日和、お前がいい」
「っ」

強引に髪を掴まれ、頬を舐められる。
ざらざらとした舌の生々しい感触が気持ち悪かった。

「わ、私の家に色々なものを送りつけてきたのは、あなた?」
「ああ。俺からの粋なプレゼントは気に入ったか?お前が好きそうなやつを選んでやった」
「あの写真も……っ」
「よく撮れてただろぉ?日和、俺は好きなものをコレクションするのが趣味なんだ。あの写真は俺のアルバムから抜き取ったほんの一部にしか過ぎない」

何かに陶酔するような、狂気じみた目をしている裕典先輩を見て、私は愕然とした。

トウマ先輩じゃなかったんだ。
私のストーカーは、今ここにいる裕典先輩だったんだ。

「俺はトウマが嫌いでよ。なんでも出来て、いつも取り澄ました生意気なやつ。お前にはトウマ先輩のダチだっつったけど、ありゃ嘘だ。あいつと仲良くするなんて天地がひっくり返ったとしても有り得ねぇ」
「嫌がらせのつもりだったの?トウマ先輩が嫌いで、だから付き合ってる私に」
「……嫌がらせ?」

それは、心底意外そうな声色だった。

「日和、お前俺の話を聞いてたか?俺は好きなものをコレクションするのが趣味なんだよ。好きじゃないものをわざわざ写真に収めたりしねぇし、プレゼントだって贈らない」

両腕を固定する結束バンドを撫でられ、全身が粟立つ。
触ってほしくないのに、恐怖で抵抗できない自分が悔しくて涙が出そうだった。

「トウマがお前と付き合う前、長い片想いをしていたって知ってるか?」
「え?」
「“春の君”って呼ばれててよ、あのトウマが手も足も出せない相手だぜ。俺が興味を持つのも無理ねぇだろ?」

春の君……?
確かトウマ先輩に告白されたとき、先輩と一緒にいた人たちがそうやって騒いでいたような気もする。

「春先に出会ったから“春の君”。安直だが、なかなか言い得て妙だ。お前はまさしく春みたいなやつだからなぁ」
「……」
「あのトウマに想いを寄せられているのに、まったく気づかず、あいつを歯牙にもかけないお前に好感を持った。俺はトウマがこの世で一番嫌いだ。だからトウマが情けなくも片想いしているのだと知って、嬉しかった。そうさせているお前を愛しく思った」
「そんなことで、盗撮や、盗聴器まで……?」
「盗聴器?」

普通じゃない。
ストーカー行為に及ぶくらいだから、常識を持ってはいないのだろうけど、裕典先輩が語る内容はどれも私の理解の範疇を超えるものばかりでキャパシティが限界に達している。

詰るように口に出した言葉を、裕典先輩は恍惚とした表情で笑いとばした。

「そんなことじゃねぇよ。愛なんてどこで生まれるか分からないだろ。キッカケはトウマでも、俺はきちんとお前を愛しているんだから」
「……こんなところに連れてきて、何をする気なの」
「愛の逃避行ってか、ぶっちゃけて言えば、心中だな」
「……!」

心中。
この人は私と、死のうとしているということ?

「なん、で」
「全部を語ろうとすると長くなるから、短くまとめるとだな。俺の未来は明るくなくて、まぁ不義の子だから、俺を疎んで隙あらば消そうとする輩が大勢いるってだけ。正しい腹から産まれたトウマを憎むのも、あいつだけが何も知らずのうのうと幸せな日々を貪っているなんて許せねぇだろ?」

裕典先輩は不義の子で、トウマ先輩が本妻の……?
だから、トウマ先輩を嫌っている?

先輩の生家はお金持ちだから、そういうことがあってもおかしくなさそうだけど、トウマ先輩からそんな話を聞いたことはない。
それは先輩が、知らなかったから?

「最初は見ているだけで満足だった。お前とトウマが付き合うようになっても、お前の心がトウマに傾く様子もなかったしな。けど次第に欲が出てきた。俺の存在を知ってほしい。俺を見てほしい。俺だけを――」

弟が言っていた言葉を思い出す。
『ああいうタイプの人間って、自分の存在を認識してほしいから、ときに大胆な行動に出るんだよ』と。

まさしくその通りだったのだ。

「だから、盗撮した写真を、私の家の前に……」
「そう。俺がいるんだってことを、俺がこんなにお前を愛しているんだってことを知ってほしかったから」

愛してるって言葉が免罪符にでもなると思っているのだろうか、この人は。
こんなことをして許されるはずがない。
裕典先輩の行動は自己中心的で、口では私のことを愛してると言いつつも、私の気持ちを無視した言動の数々は世の中にまかり通るわけがない。

「……あぁ日和、悪いがおしゃべりはここまでだ。時間が迫っちまってる。二人で一緒に逝こうな」

裕典先輩はポケットから取り出したジッポに火をつけ、それを床に転がした。

途端に火柱が上がる。

「っ」
「灯油を撒いたからなぁ、あっという間に火の海だぜ。炎に巻かれるのが早いか、一酸化炭素中毒に陥るのが早いか」

目の前に炎が迫っているのに、悠長に笑って構える裕典先輩。
どうやら心中というのは冗談ではないらしい。

「や、やだっ、誰か!」

私、ここで死ぬの?
こんな人と一緒に?

嫌だ!

手足をばたつかせ、裕典先輩の腕の中から逃げようと抵抗を試みる。
がっちりした体格の先輩はその見た目に相応しい力で私を押さえ込むけど、死にものぐるいで私が腕に噛み付いた瞬間、ほんの僅かに拘束が緩んだ。

こんな、こんな人と死ぬくらいならいっそ―――。

「おい!何してる日和!?」

転がり込むようにして逃げた先。
少しだけ開いた窓の隙間に体を捻りこませ、そのまま重心を外へと傾ける。

そして私は、頭から地面に落ちた。
私たちがいた教室は二階か三階、運が良ければ骨折だけで済むだろう。

もし運が悪ければ頭をぶつけ、下手をしたら即死だ。

それでもいいと思った。
こんな人と心中するよりは、そっちの方がいいに決まってる。

窓から飛び降りる刹那、脳裏にトウマ先輩の顔が過ぎった。

先輩には悪いことをした。
勝手に疑って距離を置いて、最初から先輩を信じていればこんなことにはならなかったのかもしれないのに。

トウマ先輩。
私を好きになってくれた、貴重な人。

もし次があるのなら、今度は先輩を大切にしたいな……。


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