「本物じゃん!この時計に仕掛けられてるって、なんで分かったんだ?てゆーか、これって確か、トウマ先輩からの……」
「……」
「……」
私たちの間に重たい沈黙が訪れた。
弟は何も言わない。
いや、何も言えないのだろう。
トウマ先輩を疑ってはいたけど、こうして本当に盗聴器を仕掛ける人だとは思っていなかったのかもしれない。
『日和。これ、俺からのプレゼント』
置時計を渡されたときのことを思い浮かべる。
あのとき先輩は、言っていた。
『この時計、実は一点物でね。他では手に入らない特注品なんだ。すごく面白い仕掛けがあって……ふふ、日和に分かるかな?とにかく俺だと思って、大切にしてね』と。
意味が分からなかったその言葉が何を指すのか、今にしてようやく理解できてしまった。
家に侵入して盗聴器を仕掛けるならそれなりの危険を侵さないといけないけど、盗聴器が入っていることを秘密にして相手に渡すだけなら大したリスクじゃない。
部屋に飾れるようなものをトウマ先輩がくれたのには、こういう理由があったんだ。
そんな人と私は、付き合っていたの……?
静まり返った室内。
弟が何かを言いかけるが、来客の訪れを告げるインターホンのチャイムによって掻き消された。
「あ〜もう、こんな時に誰だよ……」
呆然と壊れた時計を眺める私とは対照的に、チャイムが鳴った途端、金縛りから解放されたように玄関へと動き始める弟。
そういえば以前にも似たようなことがあった。
インターホンが鳴ってモニターを確認したけど誰もいなくて、外まで見に行ったら、そこにはプレゼントボックスだけが置かれていて――。
「は、晴、まって……」
嫌な予感がする。
頭に酸素が巡っていないような感覚を覚え、掠れた声で弟の名を呼ぶが、既に弟は一階へと階段を下りていた。
慌てて後を追いかけるも、一歩遅かった。
弟は玄関の扉を開けてしまう。
その刹那。
「――っ!」
低いうめき声がして、弟の体が傾く。
倒れた弟の影から現れた人物は、扉から差し込む逆光のせいでシルエットしか分からなかったけど、それでも私は確信していた。
「トウマ先輩……っ!!」
そこで、私の意識は途絶えた。
『あの、なんで私なんか……?』
『なんでって』
『だって私、顔はイマイチだし、頭も良くない。先輩に告白されたの、今でも白昼夢か何かだと思ってるんですよ』
そう言うとトウマ先輩は苦笑いした。
『日和と付き合えたことが、俺にとっては白昼夢みたいなことだよ』と言ってくれた。
一度トウマ先輩と別れたとき、先輩は悲しそうだった。
『俺の何がダメなの?全部直すから、言ってほしい。日和に必要とされないなら俺はもう、生きてる意味もない』
女の先輩たちが原因だと知ると、トウマ先輩は激昂した。
『こいつらのせいで日和は俺から離れようとしたの?俺たちの仲を裂こうとする悪い子たちにはきちんとお仕置きしておくから、安心してほしい。日和、もう俺から離れちゃいけないよ。きみは、俺のものなんだから……』
まるで走馬灯のように廻る記憶の欠片。
どうして今、こんなことを思い出しているのだろう。
トウマ先輩、私は――。
暗闇から目覚めたとき、視界いっぱいに広がる明かりに私は思わず目を細めた。
天井についた蛍光灯が眩しい。
窓の外は真っ暗で、どうやら日が沈んでから少しの間私は眠っていたようだ。
「いた……っ」
頭が痛い。
固いものでガンガンと頭の内側を叩かれているみたいだ。
私は思わず額を手で抑えようとして、それができないことに気がついた。
縛られていたからだ。
背中に手を回され、結束バンドのようなもので固定されている。
それ以外は自由が効くようだったけど、両腕が縛られているために起き上がることは難しそうだ。
しかもどういうわけか、そこは教室だった。
私、いつの間に学校に……?
「目が覚めた?」
死角からするりと伸びてきた腕。
びっくりして口からこぼれた悲鳴に、腕の主は楽しそうに笑い声を上げる。
上半身だけを起こされ、腕の主に抱え込まれる形で私はその人と対面を果たした。
「え……」
その人は、トウマ先輩ではなかった。