最近、視線を感じるような気がするのだ。
学校では人気者である誰もが憧れのトウマ先輩と付き合っているために、変な注目を浴びているのかと思っていたけど、視線を感じるのは校内だけではなかった。
たとえば帰り道。
ゆらゆら揺れる電車の中で、ねっとりした、何だか気味の悪い視線に晒されているような気がしてならない。
それもここのところ毎日だ。
電車から降りても、駅から家まで歩いている間、誰かに後をつけられている気さえしてしまう。
もちろん被害妄想だと言われたらそれまでの話なんだけど。
ちなみに真っ先に弟に相談してみたものの、返答は「姉ちゃんなら大丈夫だろ」とのこと。
まったく本気に捉えられていなかった。
そして最大の問題が――部屋の中でも視線を感じること、だ。
だから私は近頃、よく弟の部屋に入り浸っていたわけだけど、トウマ先輩と約束してしまった手前、それを続けるわけにもいかない。
かと言って自室に籠るのは精神的にもあまりよろしくないので、寝るとき以外はリビングで過ごすようにした。
何故かリビングでは視線を感じないため、唯一安心できる場所なのだ。
そんな中、事件は起こった。
その日はいつものようにソファの上でダラダラ過ごしながら、テレビを見ていた。
弟はバイトに出かけていて、お父さんは仕事が長引いてしまい帰りが遅くなるらしい。
家には、夕飯の支度をするお母さんと二人きりだった。
「ちょっと日和!あんた、いつまでダラダラしているつもり?少しは夕ご飯の準備を手伝ってくれてもいいじゃない」
「テレビ見るのに忙しいんだもん」
「弟の晴を見習ってほしいわね。あの子なら言わずとも手伝ってくれるわよ」
「……」
親の前だけいい顔をする弟に負けたくないので、私はのそのそと動き出し、お母さんの手伝いをする。
「もう。最初からやってくれればいいのに」とため息をつかれたが、聞こえないフリだ。
そんなやりとりをしていた時。
ピーンポーン、とインターホンが鳴った。
「あら?お父さんが帰ってきたのかしら。今日は残業だって言ってたのに、随分と早いわね。日和、お母さん今手が離せないから代わりに出てくれる?」
「はーい」
モニターを確認してみるが、そこには誰も映っておらず、不思議に思って玄関まで向かった。
ドアスコープを覗いても、やはり人の気配はない。
「イタズラかな……」
そういえば昔、近所のガキ大将が仲間を引き連れてピンポンダッシュを繰り返して遊んでいたっけ。
迷惑行為そのものだと思ってたけど、実際に被害に遭う側になるのも迷惑でしかない。
念のため、扉を開けて辺りを確認する。
―――すると。
「あれ……?」
扉を開けた先、黄色のリボンが巻かれた赤い箱がぽつんと置かれていた。
何これ。爆弾?
手に持って上下に振ってみるが、爆発する様子はないので爆弾ではないらしい。
誰かの忘れ物……にしては、なんていうかちょっと妙だ。
まじまじとその箱を観察してみると、黄色のリボンにメッセージカードのようなものが挟まっていることに気がつく。
「なになに。“かわいいかわいいきみへ”……?」
丁寧な字体で書かれた、手書きのメッセージ。
しかしその先の言葉を読み取って、私は絶句した。
“愛してる”
“いつもきみを見てるよ”
“僕の愛しい恋人ヒヨリ”
―――そこに私の名前が、書かれていたから。
一瞬、トウマ先輩からの贈り物かと考えたけど、わざわざこんな風に渡してくる意図が分からない。
トウマ先輩なら、直接渡してくるはずだ。
そして何より、箱の中身に問題があった。
箱いっぱいに詰まった、いつどこで撮られたのか分からない私の写真の数々。
中にはトウマ先輩と一緒に映っているものもあって。
それは紛れもない盗撮写真だった。
「や、やだ……」
なにこれ。
嫌だ。気持ち悪い。
最近ずっと感じていた視線の正体は、これだったんだ。
“ストーカー”が、いる。
「マジか」
親に相談すると大事になってしまいそうで、とりあえずバイトから帰ってきた弟に相談してみたら、ハトが豆鉄砲を食らったような顔でそう言われた。
「マジだよ、マジ!この写真見て冗談だと思う?」
「姉ちゃんにストーカーとか……。物好きすぎだろ。そいつ人間じゃないよ、きっと」
「ちょっと。真面目に話してるの!」
茶化さないでほしい。
ああでも、怖がる私のために敢えて明るく振る舞ってくれているのかな。
弟に限って……いやでも意外と空気読めるやつだしな、と思案していると、弟は「あちゃー」と言わんばかりに片手で額を抑えていた。
「うわー、マジか。どうすんの。姉ちゃんの写真これ、100枚以上はあるじゃん。こいつ、絶対ヤバいやつだよ」
「だよね……」
「思い当たる人とかいないわけ?最近よく見かけるとか、目が合うとか」
「私の中で当てはまるのはトウマ先輩だけだよそれ」
「あー……」
どこか遠い目をする弟。
しかし何かを閃いたように、ハッとする。
「トウマ先輩の可能性は?」
「えっ。なんで」
「メッセージに“ボクの愛しい恋人”って書いてあるじゃん。それに姉ちゃん、トウマ先輩が教えてないことまで知ってて怖いみたいなこと前に言ってただろ」
「そうだけど……トウマ先輩はないでしょ。こんなことする意味分かんないし。それに、撮られた写真に先輩も映ってるもん」
「そんなの誰かに頼んで撮ってもらった、ってこともあるかもよ」
「わざわざ?どうして?」
「自分が疑われないためにとか」
「……」
確かに、それなら納得できるけど。
「でも、フツーに彼氏なのに。隠れて写真をとる意味が分からない」
彼氏なら堂々と写真を撮る機会なんていくらでもあるだろうに、こんな風に盗撮して、本人に送り付けてくる動機が見当たらない。
だからトウマ先輩は違うだろうと思ったけど、弟が滅多に見せない真剣な表情をしていたので何も言えなくなる。
「姉ちゃんには分からないかもしれないけど、世の中にはそういう性癖のやつがいるんだよ。トウマ先輩は弟の俺にまで嫉妬するくらいだし、少し気をつけた方がいいんじゃねーの」
「うん……」
そう、なんだろうか。
トウマ先輩がこんなことするなんて考えたくない。
だけど思い返してみれば、メッセージに書かれた手書きの文字は、トウマ先輩の字に似ていたような気もした――。