日和見主義 | ナノ

第二話 トウマ先輩




「おはよう、日和」

翌日の10時ちょうど、やはりトウマ先輩は我が家に現れた。

サイドはツーブロックにして後ろを刈り上げた、いかにも今どき風な爽やかヘアスタイル。
藍色に黒のボーダーが入ったVネックニットを軽やかに着こなし、黒色のチノパンは足首にシュッとした印象を与え、先輩の長いおみ足をこれでもかというほど引き立てている。
文句のつけどころがないくらいオシャレで、そして相変わらずのイケメンである。
ドアを開けて先輩を出迎えたとき、あまりの神々しさに眩暈がしたほどだ。

対する私は寝起きのためにクシすら通していないボサボサな頭、着用しているのは古びた部屋着。
信じられるだろうか。
このオシャレ異星人と地底人みたいな私が付き合ってるなんて。

「やっぱり寝起きか。俺のために出かける準備をして待ってくれていたら最高にいじらしくて嬉しかったけど、寝起きの日和も可愛いし、まあいいや。今日のデートは日和の家でしようか。お邪魔してもいい?」
「え、あ、はい」
「この時間は家に誰もいないんだよね。確か弟くんはバイトに行ってて、夕方まで帰ってこないはずでしょ?しばらく二人きりで過ごせるね」
「……ハイ」

愚問、愚問。
なんでと聞くのは愚問だ。
私ですら知らなかったよ、弟が今日バイトだったなんて……!

とりあえず家のリビングに通した先輩に、「粗茶ですが」と言って水道水を差し出す。
来客の持て成し方なんぞ知るわけがない。

「日和、これ水だよ」
「ならなんて言えばいいんですか!粗水ですか!?」
「あはは。かわいいなあ」

まったりとした様子で先輩が笑うけど、私はといえばそれどころではない。
まずは今更だろうと何だろうとこのいかにも寝起きスタイルをどうにかして、トウマ先輩のことだからいつ「日和の部屋も見てみたいなあ」なんて言い出すか分かったものではないので、今のうちに私の汚い部屋も掃除しなきゃ。
それからええっと……!

「トウマ先輩」
「うん?」
「私に時間をくださいっ」

身支度を10分で済ませ、部屋の掃除(出しっぱなしにしてあったものをクローゼットに押し込んだだけ)を20分かけて終えた私がリビングに戻ると、そこに先輩の姿はなかった。

「あれ?」

まさか待たせ過ぎて帰ってしまったのだろうか。
やっちゃった……と頭を抱えそうになった時、ふとキッチンの方から香ばしい匂いがすることに気がついた。

家には誰もいないはず。
まさか、と思えば案の定。

「あ、着替えちゃったの?別にあのままでも食べちゃいたいくらい可愛かったのに」
「トウマ先輩」
「どう?ちょっと早いけどお昼ご飯作ったから、一緒に食べよう。日和のことだから、起きてから何も口にしてないでしょ?」

返事をしたのは私のお腹の音だった。
トウマ先輩ってば、料理も作れちゃうなんて、この人にできないことはないのか。
私は促されるままに席に着く。
来客はトウマ先輩のはずなのに、何故か立場が逆転しているが気にしない。

「勝手に台所借りちゃってごめんね。でも、日和に好かれるために勉強したから、味には自信があるよ。絶対に日和好みの味付けだと思うんだ」

そう言って差し出されたオムライスを、私は遠慮なく頂いた。
ごっつぁんです。
その美味しさは語るまでもなく、うん、トウマ先輩は将来専業主夫になれると思う。


結局、テレビを見たり学校の課題を教えてもらったり、なんやかんや過ごしているうちに夕方になり、弟が帰ってきた。

「ただいま……って、あれ。トウマ先輩じゃん。ども」

弟は先輩を見つけると、軽く挨拶をして、さっさと自室のある二階に上がってゆこうとする。
……のを、トウマ先輩が止めた。

「どうも、弟くん。日和から話は聞いてるよ。随分と二人、仲が良いみたいだね」
「え?別にフツーだと思いますけど」

仲が良いことはないけど悪いこともない、そんなニュアンスが含まれた弟の返答に、先輩は「ふうん」と、気のせいか少しだけ素っ気なくつぶやいた。
あれ?
なんだか寒気がするぞ。

「普通、ねえ……。日和、俺は悲しいよ」
「……えっ?」
「いくら血が繋がってるとはいえ、彼は弟なんだよ」

一体何の謎かけだ。
血が繋がってるから弟なのでは?
混乱する私をよそに、先輩は話を続ける。

「弟……妹でも姉でもない弟。つまり男なんだ。日和、きみは俺ではない他の男と仲良くして、彼の部屋に入り浸って、挙句に何の悪気も見せない」
「え、だって弟は弟……」
「けれど男だ。きみのそばに俺以外の男がいるんだと思うと、嫉妬で気が狂いそうだよ」

憂いを帯びた薄みがかった焦げ茶色の瞳に見つめられ、私は馬鹿みたいに口を開けてポカンとするしかない。
弟に嫉妬って……いや、え?
弟は弟じゃないか。
家族以外の何者でもないのに、その家族にすら嫉妬するなんて、常識では考えられない。

トウマ先輩が作り出す絶対零度の空気の中、「どうにかしろ」と先輩の背中越しにこちらを見つめ、口パクで訴えてくる弟。
どうにかって、私の方がどうにかしてほしいよ!!

「せ、先輩?私と弟の晴は紛れもない実の姉弟ですけど、もし仮に血が繋がっていなかったとしても、絶っっっ対にそういう対象にはなり得ませんよ。お互いに」
「どうかな。そんなの、その時になってみないと分からないよ。それに俺は、たとえ弟でも、俺の知らないきみを知っている男が憎いな」

なんてことだ、嫉妬から憎悪にバージョンアップしている。
弟は戦線離脱を考えたのか、忍び足で階段の方へと少しずつ移動していた。
薄情者め、姉を置いて逃げるのかっ。
あんたが先輩と鉢合わせしちゃうからこんな目に遭っているのに!

「ちなみに先輩の考えに則ると、私のお父さんも対象になるんでしょうか……」
「もちろん。でも、“父親”がいなければ日和が生まれてくることもなかったわけで。だからそのことだけはすごく感謝しているんだ」
「マジですか」

感謝と言いつつも苦虫を噛み潰したかのような表情の先輩に、私は何も言えなくなる。
頭おかしいよこの人。

助けを求めて弟に視線を移すが、先程まで確かにいたはずのやつは消えていた。
姉を見捨て、自分だけが生き残るつもりらしい。
なんてやつだ。

「トウマ先輩!」

とにかく先輩のご機嫌を窺わなきゃ、と私は上目遣いで擦り寄る。

「あの、先輩が嫉妬してくれるってことは、私のこと好きでいてくれてるってことだと思うんで、すごく嬉しいんですけど、私は先輩一筋なのにそれを疑われているようで、ちょっと困ります。トウマ先輩が一番ですよ。弟やお父さんなんてタヌキが服を着ているくらいにしか思えません」
「日和……」
「これからは弟の部屋にもなるべく入らないようにします。それでいいですか?」

頑張って目をうるうるさせたおかげか、トウマ先輩のご機嫌もすっかり直ったようだ。
ニコニコと私の頭を撫でて、頬撫でして、ぎゅっと抱きしめられる。

「日和。俺だけの日和。大好きだよ」

そう言い残し、険悪なムードなどなかったかのように、爽やかに帰っていった。

……嵐が過ぎた。

「トウマ先輩って前々からちょっと思ってたけど、頭おかしいんじゃねーの。弟の俺にまで嫉妬するとか、怖っ!」

先輩がいなくなったのを見計らって、どこからかひょっこりと現れた裏切り者。
私を置いて逃げたこと、末代まで呪ってやるからな。

「前々からって」
「だって姉ちゃんと付き合うような男じゃん。しかもイケメンで、女なんて入れ食い状態だろうに、こともあろうに姉ちゃんなんかを選んでる」
「失礼なやつだな!」

なんかって何、なんかって!

「まあそれは置いといてもさ、フツーじゃないでしょ、あの執着ぶり。ああいう人って箍が外れると何しでかすか分かんないよね。ストーカーになったりとかしそう。あ、トウマ先輩に限ってそれはないか」
「……」

ストーカー。
その言葉がやけに耳に残った。



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