日和見主義 | ナノ

第十話 ハッピーエンドの先



「信頼?そうだね、姉ちゃんはこの世で一番俺を信頼してくれていた。何かが起こったとき、真っ先に頼るのはいつも俺だった」
「……なら、どうしてこんなことするの」
「それだけじゃ足りなくなってさ。言ったでしょ、裕典先輩みたいなタイプの人間って、自分の存在を認識してほしいからときに大胆な行動に出るんだって。あれ、実は俺のことも含まれてんの」

いつから。
きっかけは。
どうして私なの?

頭を埋め尽くす数々の疑問に答えるように、晴は丁寧に一つ一つ説明してくれる。

「きっかけは姉ちゃんが昔、ベッタリだった近所のガキ大将を捨てて他の人気者にあやかろうとしていたのを目の当たりにして、風見鶏みたいな姉ちゃんは誰かが見てあげてなきゃダメなんじゃないかって思い始めたこと。で、小遣いためて、中学生の頃にネット通販で盗聴器を買ったの。姉ちゃんの部屋に仕掛けて、俺の知らない姉ちゃんを知るたびに感動を覚えた。いつからか声だけじゃ物足りなくなって、動画用のカメラも買ってさ。今やってるバイトの収入のほとんどはそういう方面に費やしてる」

そんなにも前から盗聴器やカメラを仕掛けられていたなんて、気づかなかった。
最近になって視線を感じるようになったのは、知らず知らずのうちに外で裕典先輩の気配に敏感になって、部屋の中でも警戒するようになったからなのか。

「だけどいつか、姉ちゃんは他の男のもとへ行ってしまう。俺たちは血の繋がった姉と弟だから、結ばれることもないし。世の中って世知辛いよなー。そう思ったら、俺がこれだけ姉ちゃんを大切に思ってるんだってことを知ってほしくなって、少しづつヒントを与えて、パソコンの画面もそのままにして姉ちゃんにわざと見つかるよう舞台を用意したってわけ」
「……」
「ストーカーの存在は正直ウザかったけど、利用しない手はなかった。トウマ先輩に対して猜疑心を持たせてあわよくば別れてくんないかな〜と期待したけど、なんか愛の試練みたいな形に終わっちゃって、すっげー不満なんだよね。姉ちゃんを一番理解してあげられるのは俺なのに、トウマ先輩の株ばっか上がってね?あの事件のときだってそう。ストーカー野郎が姉ちゃんと心中しようとしてるんだってことは前々から知ってたから、もしそう迫られたとき、姉ちゃんなら迷わず窓から飛び降りるんだろうなぁと思ってトウマ先輩を下で待機させておいたの」
「分かって、たの?」

弟の口振りではストーカーが裕典先輩であることも、裕典先輩があの場所で私と心中しようとしていたことも、すべて分かっていたかのようだ。

「当たり前じゃん。姉ちゃんを取り巻く人間は、ぜんぶリサーチしてるよ」
「私が怖がってるのを見て、楽しんでたの?晴、あんた趣味悪いよ……!」
「なんで怒るかなぁ……。俺のおかげで姉ちゃんは無事に生きてるんだぜ?ちゃんと姉ちゃんに直接的な被害が出ないように配慮もしてたし。もっと感謝してよ。それに俺は姉ちゃんなんかを愛しちゃってるくらいだから、趣味がよろしくないのは周知の事実でしょ」

軽口を叩く晴は、いつも通りの弟なのに。

「言ってやる!お母さんやお父さんに、晴は頭がおかしくなっちゃったって」
「それこそ無理だって。姉ちゃん、日和見主義じゃん。分かるだろ?実の姉を盗撮しちゃうような頭のおかしい人間は、裕典先輩みたいに何をしでかすか分からない。潜在値で言ったら、俺はトウマ先輩を越して最強だと思う」

そんなことを言う目の前の晴が信じられなくて、信じたくなくて、私は部屋から出ようと踵を返した。

だけど晴が私の手を掴み、制止をかける。

「待てって、姉ちゃん。このことを誰にも言わないでくれたら、俺は姉ちゃんを盗撮する以外のことは何もしないし、他の誰にも危害は加えない。姉ちゃんもトウマ先輩と付き合い続けていい。俺は狭量な人間じゃないから、それくらい許してあげる」
「何、言って」
「いつも通りの仲でいよう。軽口を言い合って、けど相談事は一番に俺にするような、そんな仲がいい」
「できるわけないじゃん!あんた、自分が何を言って何をしてるか分かってる?」

笑い事じゃ済まされない。
そういうことを、晴はしている。

「姉ちゃん。俺を拒否すると、俺、何しでかすか分かんないよ……?父さんや母さんを手にかけるかもしれないし、姉ちゃんの好きなトウマ先輩にも凄惨な目に遭ってもらうかもしれない」
「っ!」
「俺はただ、姉ちゃんのすべてを知っていたいだけ。それだけなんだ。な、可愛い弟だろ?」

可愛いわけがない。
だけど晴の過激な発言に、私には拒否権がないことを悟った。

「本当に、それだけ?」
「当たり前。姉ちゃんのすべてを把握できるんなら、それだけでいい」
「……」

うまく生きていくなら折り合いが大事。
日和見主義だのなんだの言われるけど、それは私の幼い頃からの処世術だった。

弟が犯罪者のレッテルを貼られないように、と弟思いな理由をでっち上げて、私はわざとらしく口角を上げる。

「……分かった」

裕典先輩は赤の他人だったから拒絶できた。
でも、目の前の晴は弟だ。
切っても切り離せない、肉親。

頷いた私を満足そうに眺める晴は、あらかじめ私の返答が分かっていたのか「はい、これ」と言ってウサギのキーホルダーを差し出してくる。

「何これ」
「録音式の盗聴器」
「はあ!?」
「置時計のやつがダメになっちゃっただろ。だから、代わりに。録音式のやつだから毎回回収する必要があるけど、もう姉ちゃん公認だもんね」
「いや、ちょっと……」

待ってくれ、頭が痛い。
なんでそんなにオープンなの?
こいつ、今まで気づかなかっただけで真性の変態なのか。

それから、私と変態だったらしい弟の攻防戦が幕を開けることになるのは、言うまでもないだろう。



END

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