食べちゃいたい。

きめ細やかな白い肌、薄く紅潮している頬、髪の隙間から見えるうなじ。
細い指も小さな爪も、きみのものなら何一つ残さず食べたい。

思えば僕は常にお腹が空いている子供だった。
どうしても満たされない気持ちと耐え難い飢餓感。

彼女を前にすると、いつもそうだ。
僕ではない「僕」が手を伸ばして、牙を突き立てて、むしゃぶりつくそうとしてしまう。
僕には似つかわしくない、本能で生きる野獣のような「僕」。

油断してると、ふとした瞬間に行動に移してしまいそうで、僕は少し困っていた。

でも、ある日。
友達に教えてもらった。

女の子を食べたいと思うのは生理的なもので、男の性と言っても過言じゃない。
遺伝子レベルで肯定されている欲なのだと。

じゃあ、僕が彼女を食べたいと思うのも至って普通の感情なんだ。

僕はさっそく喜び勇んで彼女のもとに向かい、今まで我慢してきた自分の気持ちを告げた。

「葵ちゃんって可愛いよね」
「急にどうしたの?褒めても何もないよ」
「毎日思ってたことだけど、ずっと言えなかったから今日言うの」
「本当?」

彼女は懐疑的な言葉を口にする。
けれど悪い気分ではないようで、愛らしい口元を緩めてクスクスと笑っていた。

「可愛くて、ずっと、どうしてそんなに可愛いんだろうって思ってた」
「お上手ね」
「わたがしみたいに甘くて、ふわふわしてて、美味しそうだなって。きみの指にしゃぶりついたら、どんな表情をするのかなって」
「……」

葵ちゃんが目を見開いて固まった。
笑い声が零れていた口は、何かを言いたげに真一文字に結ばれる。

「葵ちゃんのふくらはぎも好き。そこに頬ずりをして、その足で僕の首を絞めてくれないかなって、ちょっと思う。でも一番は舐め回して食べることだよ」
「斎くん、」

そこで今日初めて、彼女が僕の名前を口にした。

「どうしたの?何か、変だよ」
「変?変じゃないよ。自然の摂理だって言われたよ、僕が葵ちゃんを食べたいと思うのは。だから思い切って、告白してるんだ」
「告白って……」

彼女の眉が僅かに下がった。
些細なその変化は、きっと彼女の一挙手一投足を逃すまいと観察している僕でなければ気づくことのない変化だろう。

葵ちゃんの顔は、聞き分けのない子を相手にしているときのような、少しだけ困った顔だった。

「斎くん、私が好きなの?」
「もちろん。僕は、嫌いなものをわざわざ食べたいとは思わないよ。葵ちゃんを愛してるからだよ!」

そうだ。
これは愛だ。
葵ちゃんが好き過ぎて、彼女のすべてを僕のものにしたいだけなのだ。

「そっか」

彼女は顔を俯かせる。

「それって、カニバリズムだよね?」
「カニバリズム?」
「アントロポファジー。人間を食べること」
「まさか!僕はそんな恐ろしい真似はしないよ。葵ちゃんを食べたいと思うのは、僕がきみを愛してるからだ」

僕は変なことを言っているのだろうか。
思い切ったように上げた彼女の顔が、少し曇っていた。

「斎くんは、私を食べるって意味が何なのか分かってるの?」
「もちろん。僕ときみが一つになるための行為だよ」
「そうなったら、何があるの?」
「僕が幸せになる。死ぬまできみと一緒に過ごせて、死んでもきみと共に在れる。これ以上の幸福はないよ」
「私が斎くんの思い出の中にしか存在しなくなるのに?」
「え?」

何を言っているのだろう。
僕は首を傾げる。

「いいや、違うよ。葵ちゃんは僕の中にいるんだよ、永遠に」
「だって声も聞けなくなるでしょう?話ができないし、斎くんは私の顔を見ることもできなくなる」
「でも、僕と葵ちゃんは一つなんだから……」
「斎くん、私の足に頬ずりしたいっていってたよね。それも永遠にできなくなるんだよ」
「そ、それは……」

ちょっと、嫌かも……。

「私を食べたいってことは、そういうことなの。だから、我慢して?」
「うん……」

僕は仕方なく頷いた。
葵ちゃんを食べたいけど、葵ちゃんが減るのは嫌だ。
どうすればいいのだろう。

「代わりに、これあげるね」

鞄から個包装に入ったお菓子を取り出した葵ちゃん。

香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
クッキーだ。

でも、葵ちゃんは別として、甘い物は苦手だ……。

「これ、私の爪の欠片が入ってるの。さすがに私自身を食べてもらうわけにはいかないから、爪の欠片だけ」
「本当……!?」

僕は躊躇いを吹き飛ばし、奪うようにしてクッキーを手に取った。

チョコレートのクッキー。
見た目は何の変哲もない。

これに、葵ちゃんの爪が……。

「ありがとうっ!!」

考えるだけで涎がこぼれ落ちそうだ。
葵ちゃんの一部を食べる機会を、彼女自身が与えてくれるなんて。

このクッキーは大切にしよう。
じっくりと味わって、大切に大切に食べるんだ。

ああ、美味しそうで喉が鳴る。

「伸びた爪を切る度に、お菓子に混ぜて斎くんにあげるね。これで斎くんの“一つになれる”っていう願望は満たされたね」

僕が葵ちゃんを食べたいと告白した日に、たまたま爪入りのクッキーを持ってきてくれた偶然に感謝しなければ。
そんな偶然があるわけない?
僕は信じてる。
葵ちゃんも僕と同じ気持ちで、実は僕に食べてほしくて爪の入ったクッキーを作ってきてくれたのだと。

家に帰って、二時間以上葵ちゃんの爪が入ったクッキーを恍惚と眺めてから、僕は恐る恐るそれを食した。

砕かれているのか爪の感触はよく分からなかったが、やはり葵ちゃん効果なのか、甘いお菓子が苦手な自分にしては美味しく感じられた。

何より、彼女と出会ってからずっと続いていた空腹感が、今初めて満たされてゆくのを感じた。

僕の中に葵ちゃんがいる。
そして外でも葵ちゃんに会える。

なんて至福なことだろうか。


今日がバレンタインデーで、葵ちゃんが僕に渡したお菓子と同じものをクラスの男子に配っていたことも、葵ちゃんが

「危ない危ない。斎くんって、ああいう人だったんだ……。爪なんて入れるわけないのにね」

と肩を竦めていたことも、実は僕は上手くいなされていたのだということも―――。

すべては葵ちゃんみのぞ知る話。



END




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