無題(1/73)
「はいじゃあ喫茶店の国のアリスでいいですね」
ほんじつ、晴天なり。
教室のあちこちからどーでもよさそうな話し声や、楽しげな話し声が飛びかっていて。内容は決まってどれも文化的行事の話、文化祭についてだった。
担任の先生は誠也に仕切りをまかせて、プリントを取にいってくると教室を出ていったきり1時間と30分帰ってこない。まさかのサボり。
神童と犬飼と伊神は あの日の朝以来、生徒会室に行くのが日課になっているみたいだ。
今日もまた生徒会室にいるのだろうか。今日は昼の二時間が文化祭のホームルームでつぶれるから楽だというのに、勿体無いことしてるな。
「じゃあ次は役割を決めます」
ぼんやり、誠也の仕切る声を聞きながら無意味に持ってるシャープペンシルを回した。
誠也が委員長みたい。ああ委員長か。これじゃ犬飼のぼけと一緒だな〜…とか、なんとかかんとか。
くるり、人差し指の上でシャープペンシルを回す。
“文化祭まであと47日”
黒板の右上に邪魔にならない程度に書かれた文字。
誠也の隣で書記をしている、副委員長の三玉和己(みたまかずみ)が書いたのだろう。綺麗な字。
じぶんも真似して机の端に《文化祭まであと…》と書いて、消しゴムで消した。なんか物凄く文化祭楽しみにしてるみたい。
「まずは表に出て接客をしたい人は挙手してもらえますか」
ちらほら、上がったり下がったりする手を誠也がちゃんと挙げてと注意する。
そんな光景が可笑しくて笑ってしまい、誠也にちょっと睨まれた。べつにバカにしたんじゃないのに。
ふーい目を逸らすように窓の外をみれば緑の木々が黄に色づきはじめている。
夏が終わるんだなあと思った。
「雄大、ほんとに裏方でいいの」
話し合いも終わり、出し物の提出用紙をまとめる誠也の前の席で 後ろ向きにすわって誠也の作業をながめる。
話し合いが思ったより早く終わってしまったので残りの時間は自由時間となった。あと三十分で帰れるのか。
はやく帰りたいな、特にすることもないけれども。
「雄大?」
「あ、え?なに」
「ぼーっとしすぎ。本当に裏方でいいのかって」
「ごめん…。うん、俺接客とか苦手。裏方のほうが楽だし、サボれるし」
「委員長まえにしてよく言った。雄大は俺の監視対象決定だから」
あちゃあ。わざとらしく嫌そうな顔をしてみせる。
ほんとは嫌でもなく、どちらかというと文化祭も誠也と居れるなら一人で放浪しなくて大丈夫そうだなあとか。安心してたり。
「さぼるなよ」真面目な誠也委員長が念には念を、と注意してきた。
「やることはやるよ」
「ふーん」
なんだか信用されてないみたいで心外だ。
口を尖らせてふてくされる俺を放置して誠也は作業を続けるから、持ってるシャープペンシルを人差し指で弾いて邪魔をする。ばちん、むしろ仕返しとばかりに俺がでこぴんされてしまった。痛い。
「うう…」
「あ、真っ赤。ごめんそんな強くするつもりじゃなかった」
許すまじ誠也。
意思にそぐわぬ涙がじわり浮かぶのでぱちぱちと何度も瞬きしていると、ふと、どこかから視線がきている気がして周りを見回す。
今日、というより、ここ最近よく見られている気がしているが、やっぱり誠也がモテるからだろうか。才色兼備の委員長様だもんなあ…。
前髪を押さえるふりして、視線から逃げる。
「雄大、大丈夫だから。俺の親衛隊は制裁なんてしないから」
「え?何のはなし」
「え。あ、違うのか…いや、雄大は制裁とかどこまで知ってるんだろ。うーん、教えたいようなこのまま無知で居てもらいたいような」
「俺、せーやに親衛隊いるってはじめてきいたけど」
「そうだったっけ」
アイドルにできるファンクラブのような存在、それが親衛隊。
この学園でイケメンにそれができていて、生徒会役員には全員ついているって聞いたことがある。
あと驚くことに伊神にも親衛隊ができているらしく、伊神と絡み始めた最初はやけに突っかかられたのが記憶に真新しい。いつからだっただろうか?ぴたりと俺に親衛隊が声をかけなくなったのは。まあ、彼らは俺が恋敵ではないと判断したらしい。犬飼がそう言ってた。
とゆか誠也の作業全然進んでないな。俺が構うからだけど。
「ごめんせーや、はい、作業つづけて」
プリントをとんとんと叩くと「自分勝手な」と苦笑される。返す言葉もございません。
一度立ち上がり自分の席にかかってるかばんからスマホをとりだして、もう一度誠也の前の席に座って電源をつける。
「手伝うことあったら言ってね」
「ん」
最近インストールしたアプリを開きながら、作業に没頭してたぶん話を聞いていない誠也にの頭をぽすん撫でる。
ふわふわした薄色の髪は思っていたよりも細い。
あ、また視線が刺さる。
すぐになんでもなかったようにスマホと睨めっこをして、自由時間の残りは終わった。
しおり