小説 のコピー | ナノ
口伊神からみた日常
「最近はじけることができないんだ」
そう言った犬飼の右手には炭酸水が握られていて、そのペットボトルを振って開ければ
はじけるんじゃねえのというツッコミをまってるのかと思った。
から、言わなかった。
痛いほどの沈黙が続くと、諦めたかのように視線をさげる。
おい待て、おいばか、なんで無言で振り始めたんだ。
こうなることを避けたくて言わなかった俺のことを考えろ。
すごい勢いで席を立って真崎が一番に逃げ出した
「おまえ!真崎おまえもはじけたいっつってたろおお」
「言った!言ったけどそのはじけかた違う」
まさに正論。
逃げるものを追う主義の犬飼のことをなにもわかっていない真崎は、教室の外へ逃げ出して。
もちろん犬飼が座ったままの俺に目もくれず、炭酸水を思いっきり振りながら全力でそれを追いかけていった。
ぴろろろろん、さっきまで真崎がしていたゲームが音をたてる
真剣にやっていたゲームを放置してまで逃げるもんか、と画面を覗き見ればでかでかとゲームオーバーの文字。
「ぎゃあああああ溶けるうううう」
「ぎゃははは!!おまえは妖怪か!!」
「なめくじでしたー」
「だれかー葉っぱあげてーー」
「犬飼の優しさってぎゃあああ、だれ塩なんて常備してる奴!!ばかやろう!!」
溶けませんから!!
廊下からうるさいくらいの真崎の叫び声が聞こえて、その元気さに隠れて吹きだす。
いつ聞いても慣れない真崎のノリのよさは、犬飼のうるささとそっくりだけどあまり嫌いではなかった。
「ただいま」
「俺に近づくな」
補足。あまり嫌いではないけれどそれは俺の関わらない範囲で、見ている分にである。
「犬飼に本当にかけられると思ってなかった」
そう言いつつ楽しそうに炭酸水でびしょびしょなシャツを肌から浮かして、犬飼のかばんからトイレットペーパーを取りだす真崎。
なぜ犬飼のかばんにトイレットペーパー丸々入っているのか疑問ではあったが、そんなもので自分が拭けると思っているのか。
鳳にでもタオルを借りればいい、あいつなら絶対持ってそう。
タオルは無くともハンカチは絶対。
「おい、真崎あいつに―――……」
鳳が尋常じゃない目で真崎をみている。
鳳に借りろ、という言葉は最後まで出でることはなかった。
いや、でることはなかったというより、言えねえよ。なにあいつ真崎のことなんつぅ目で見てんだ。と、いうよりどちらかというと真崎に声をかけようとした俺に注目してるのか
なんなんだ、あの殺気に近い念は
ぞわっと背筋が寒くなったので、なにも言わずにトイレットペーパーを千切って渡した。
「ちっ」
いま鳳から明らかに面白くなさそうな舌打ちが聞こえた。
真崎おまえ最近変なのに狙われたりとかしてないの、そう声を潜めてきいたら不思議そうに首を傾げられた。「さっき犬飼に狙われたけど」まさにその通りだな、狙われて攻撃くらったな。
変なの。に 犬飼が分類されたことにはつっこまずに鳳にもう一度視線をやると、なぜか何処と無く満足気だった。
ひそひそ話する体勢を元に戻して、考えることをやめる。
「そういえば犬飼は」
「地理の先生に怒られてんじゃねーの」
あとから気の抜けた炭酸水を真似したかのように、気の抜けたかおをして帰ってきた犬飼は結局真崎しかはじけてねえじゃねえかと泣いていた。
(伊神ジャージかして)
(犬飼に借りろ)
(いや。あいつのスライディングのし過ぎでケツんとこ穴あいてる)
(俺の悪口言うなよ。流行りだよ。知らねえのかよ)
(知らねえよ)
(知りたくもなかったよ)
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