小説 のコピー | ナノ
口
「よおよお」
そう言って部屋に上がり込んできた宇佐見。
おれの部屋じゃないから、べつに文句もなにも無いがどうやって入ったんだ。スペアキーか?
「あーケン!どうしたんだよ」
部屋の主のひとりである姫児がぴょんと椅子から降りて駆け寄ると、ケンと呼ばれた宇佐見は片口をあげて笑う。
その手には可愛くラッピングしてある箱があり、姫児にプレゼントかなと予想した。
そう、今日はホワイトデーだ。
ここにいるとそういうイベントが無いから、あまり自分には関係ない話だけれど。
「なあ伊神これー……あ、会長」
「よお真崎」
真崎がじぶんの部屋から絡まって取れない充電コードを持ち出して、おれの前に差し出す。
その手前で会長の存在に気がついたのか、差し出した体勢のままで固まった。
宇佐見の、少し笑う顔がやけに馴れ馴れしい。
「こんにちは」
「今日がなんの日か知ってるか?」
「……?ホワイトデーです」
それがどうした。
と言わんばかりの真崎の手から、絡まった充電コードを受け取る。どうやったらイヤホンと絡まるのか分からないが、ほどいてくれと頼まれたからにはするしかない。宇佐見は姫児に用だろうから放っておいて大丈夫だろう。……と、思っていたのだけど。
「ほら、バレンタインのお返しだ」
「……は?」
「え?」
きれいにラッピングされたその箱は、空いた真崎の手に収まった。
なんて言った?バレンタインのお返し?
真崎が宇佐見にチョコレートを渡すなんて考えられない。どこにそんな接点があったかすら謎だ。え、と困ったように繰り返す真崎を唖然と見ていると、宇佐見が「開けてみろよ」なんて勝手に紐を解く。
おまえ、あげた奴が普通開けるか。
いやそれより、おれはバレンタイン貰ってないんだけど。
「またたびの玩具……!?」
「そこらのまたたびとは違うぞ」
「確実におれ宛ではない……!」
「あいつからのホワイトデーだから、あいつの好きなものあげたかったんだろう」
「いや買ったの会長ですよね」
「俺じゃない」
あいつからだ。という、あいつとは誰だ。
姫児が真崎の手にある猫じゃらしのようなまたたびに興味津々で、おまえは猫かとツッコミされる。
「お礼言っておけよ」
「え。えー……ありがとうございます?」
「おれじゃない、あいつにだ」
そう言って手を振りながら帰っていく宇佐見に、呆れながらも笑う真崎。
手元の絡まりを解きながらしばらく無言でその様子を見ていたけど、苛々してなかなか解けない。べつに、真崎がだれから何を貰おうといいのだ。ただそれ以前に真崎が特別な日にじぶんの知らない誰かにあげてたという事実に、困惑している。
真崎の好意を切に願うわけじゃない。でも、
「……伊神?」
じぶんの気持ちは確実にこいつに向いてしまって、他の誰かに抜きんでられるなんて嫌だ。
「……」
「伊神にもほどけないの?」
ほっぺをまたたびで叩くな。
またたびを奪って叩き返してやると痛い痛いと笑う。
宇佐見と話すときと違って、はにかんでる楽しそうな笑み。心を許されてるような態度の違いに湧き上がるような悦が、どうしても手放し難くておれも眉を下げて笑ってしまう。
「じゃあ神童やってみる?」
「任せろ!」
「あ、待って引きちぎりそう。やめて」
ふたりで絡まった充電コードを構い始めて、放置された机上のまたたびの玩具を手でいじる。
誰からの、お返しか。
宇佐見関連で浮かぶのは蜂谷かそこらへんだけど、あそこら辺ならじぶんで届けにくるだろう。
教師、他校……そもそも最近の真崎の交友関係なんて知らない。
くるりくるり、指先で回したまたたびに、知らない誰かを想像したところで無駄なことはわかってる。
それでも想像せずにはいられなかった。
(問いただしてもいいけど)
(相手を知ったら俺は)
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