小説 のコピー | ナノ
口
「クリスマスは何して過ごすの?」
穏やかな和嶋先生の問いかけに、いち早く反応したのは生徒会の書類を手にした蜂谷先輩だった。
おれは、いち、に、と間を空けてからハッとしたように顔を上げた。
「え?」
もうそんな時期なのか。
学園にいると街に出ることも少なくて、帰り道にイルミネーションをみて気づかされる中学の頃とは違う。学園と寮の行き来なんて花壇眺めるくらいでおわる。
「その様子だと、特に何もなさそうだね」
「あはは……たぶん普通に寮で過ごします」
まだ冬休みにも入らないから実家にはわざわざ帰らないし、恋人と甘い……なんて夢見ごともあと数日では叶わない。
当日にクリスマスらしいことしよう、なんて犬飼かおれが言えばケーキでも買って即席で適当なプレゼントでも見繕うんだろう。
まあ使い古した一世代前のゲーム機じゃなければ、なんでも嬉しいな。
「寮でってことは、神童くんとかとってことかあ」
神童はどうなんだろう。
たぶん生徒会のひとたちに誘われそう……あれ待てよ?神童が行くなら犬飼も伊神もそっちに行くのか。ということは、クリぼっち?
ふむ、と課題の丸付けをしていた赤ペンで顎を刺す。
「姫や千鶴たちは来年もあるじゃん…」
ぼそり、おれの正面に座る蜂谷先輩が呟いた。
あまり物事に集中してないのか、何を聞いてもワンテンポ遅れて反応してるおれは例のごとく、いち、に、と間を置いて「え?」と返した。
おじいちゃんなの?と先生がいうから笑ってしまう。
「それで、蜂谷先輩なんて言いました?」
ちょっと半笑いのまま蜂谷先輩に向き直ると、ハの字に眉を下げて大きめのカーディガンで口元を触る仕草をする。
「お願いがあるんだけど」
そんな珍しくあざとい仕草でさらさらの金髪を揺らす先輩は、きっと自分の綺麗な顔の角度まで知り尽くしているんだろう。眩しくて目を細めた。
「まっきーとクリスマス、過ごしたいなあ〜」
「……あざとい!」
甘えたな先輩の声音にわざとらしく眩しがるモーションをすれば、和嶋先生の笑い声が響く。
「僕も一緒に過ごしたいな〜」
「真似しないの!」
和嶋先生も白衣の袖をひっぱって口元を隠すもんだから、幼い仕草なのに幼い顔がよく似合って罵倒の言葉が思いつかないじゃないか。
今度は真似された蜂谷先輩もけらけらと笑う。
クリスマス間近な寒い季節、資料室にはコーヒーの香りと笑顔で溢れていた。
ただただ穏やかな空間に、和嶋先生効果かなあとコーヒーをひと口すする。ミルクを多めに入れたそれは全然苦くなくてまたぼんやりと意識を泳がせていく。
眠たいわけじゃないけど、集中力がない。
また課題に視線を落とすけど、どこまでやったかなあと指でなぞりながら息を吐いた。
「ね、まっきー顔赤くない?」
蜂谷先輩の声が頭に響くと、ゆっくり瞬きしながら前屈みになってた身体を持ち上げる。
赤いのかな。触ってみるが、少し熱いくらいで赤いかなんてわからないから首をかしげた。先生が「風邪?」と問いかけてくるのに左右に首を振って多分違うと答えるが、そう言われればぼんやりするのは風邪のせいなのかなとも思ってしまう。
「大丈夫?」
ひやり、蜂谷先輩の手がクビに触れて驚いた。
小さく肩を揺らすおれに構わず、熱いねとじぶんの体温と比べてる蜂谷先輩の指輪がくすぐったい。嫌がるように肩をすくめて先輩の手を挟むと「痛い痛い」とチョップされた。いやおれの頭が痛い。
「真崎くん今日はもう帰ろう」
「……」
「何か言いたそうだけど風邪引きさんは寝てなきゃだからね」
風邪引きさん。
和嶋先生の可愛い言い方に、まだ風邪って決まったわけじゃないんだけどなと思いつつ素直にはあいと苦笑する。
もし本当風邪ならうつしたら困るしな、とやり途中の宿題を適当にまとめてカバンに詰め込むと、飲んだあとの紙カップを捨てて立ち上がった。なぜか当たり前のように立ち上がる蜂谷先輩も横に並んで、一緒に帰ろうとするから引き止める。
「先輩は仕事でしょうが」
「終わったよ」
終わってないよ蜂谷くん。
うしろから和嶋先生の呆れた声がするけど、蜂谷先輩は聞こえないふりでへらり笑っているから背中を押して資料室にねじ込む。
「和嶋先生、さようなら!」
走らないの真崎くん!
まさか蜂谷先輩のせいでおれまで怒られてしまうとは、くそう。大きな声で謝ってから歩きに変えて大股で階段を降りていくと、しばらくして後ろから追われてる気配がして振り向く。
あ。
相手もおれも少し驚いた顔で立ち止まった。
「よくわかったね…」
「え、あ、気配で」
忍者か。とでも突っ込まれそう。
蜂谷先輩が追ってきてると思いきや そこに居たのは白衣をまとった和嶋先生で、見上げながら首をかしげる。
「ペンケース忘れてたから」
「ああ……ありがとうございます」
「蜂谷くんとじゃんけんして負けたから僕が来ちゃった」
「罰ゲームにするのやめてもらえますか」
えへへと害なく笑うけど、じゃんけんで負けた部分の情報いらなかったな。
ゆらっと動く腕にまさかとは思ったけど、そのまさかで、階段の一番上からペンケースを投げられて焦りながらペンケースの着地地点を探す。この人ほんとに、物の扱いが雑過ぎるんじゃないか!日頃プリントを投げているからあんなに資料室が散らかるわけだし、とか考えながらなんとかペンケースをキャッチした。ないす〜じゃないんだよな。
「あのさ、クリスマス普通に過ごすんだよね」
「?……はい」
「じゃあ、おやつはケーキが食べたいな」
上から柔らかい笑みでそういう和嶋先生は、まるで物語にでてくる女王様みたいだ。
「わがままですね」
くすくす溢れる笑いを隠さずにそう言うと、僕がわがままじゃなかったことなんてほぼ無いよ。なんて返される。あまりに自然に頼まれていたから気付かなかったけど、確かにそうかもしれない。部屋の片付けにお菓子の配達、いつのまにか宿題の丸つけまで任されてるもんな。
わがまま女王様に了解です。と、小さく手で丸を作ったら綺麗に微笑まれた。
(ただただ普通のクリスマスに)(小さな贅沢)
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