小説 のコピー | ナノ
口
ああ、駄目だ。
何度もそう思いながら片手でトランプを倒した。ぱたぱたと倒れていくピラミッドの数枚は机と並行にふせって、静まり返る。
ハートのエースとスペードのナイン、ダイヤのクイーンにダイヤのファイブ。
表向きの数字を目でおいながら不揃いだなあと、それぞれめくっては裏に変えた。同じ模様の同じ形、中身を知らなければトランプはどれも同じに見えてしまう。ゲームでもしてなければ、表にして中身が見えててもぱっと見同じに見える。まるで人のようだと誰かが言っていた、誰だろう、先生だろうか。
おれは昔その先生が言ってることに共感した。
周りを取り巻く奴らの顔は、あまり覚えてない。
おれの家の看板ばかり見ている友達が多かった気がする。ある日現れたジョーカーは、何か少し違っていた。明らかに他の手札とは違うおれの家の看板なんてどうでもいい、むしろなにそれ、なんて無邪気に笑う神童姫児。
小さいながらに、その笑顔は綺麗なものだなと思った。
「犬飼、また手品してんの?」
真崎が、ひょっこりと教室を覗き込んできた。
覗くのは構わないが体を隠して頭だけきれいに出すのはやめてほしい。一種のホラーだ。
「手品なんかしたことねえし」
基本的にピラミッド作ることでしかトランプを活用したことの無いような奴である。ババ抜き?なにそれ。手品なんてもってのほか、タネも仕掛けもわからない。そう答えながらトランプをまとめて角を合わせるように机に打ち付ける。
「さっみ、教室なんか寒い」
腕をさする仕草をわざとらしくしながら教室へ入ってきた真崎は、俺の席ではなく教卓へ向かって先生のように「ホームルームをはじめるぞー」と言った。なにがはじまった、意外とこーいうアホなことを始め出す真崎という人物に俺は「きりーつ れーい ちゃくせきー」と1人で号令の真似事をしてノリに乗ってしまう。
あー笑ったトランプを箱に詰めて帰る準備しよ。
「犬飼、悩み事があるなら先生いつでも相談にのるからな!」
「明日の小テスト明後日にして欲しいです!」
「それは真崎先生の弱い権力じゃあどうにも出来ん」
「えー。じゃあ帰りに肉まん食べたい」
「真崎先生はな、安月給なんだよ」
「ぶはっ!」
「ははっ!」
擬似先生である真崎の、無能さに思わず吹きだしてしまった。
しょうもない相談相手だなと思ったりもしたが、肉まんくらいなら俺が買ってやるっての。急に笑ったもんだから、よだれが出た気がして手の甲で口元を押さえた。あ、セーフ。
「あ、でもギリ買えそうなくらいある」
いつの間に財布を確認してたのか、教卓にもたれて財布を見てる真崎。
「いいよ、俺が買ってやるよ」
「先生に見栄を張らせろよ」
まだ先生してんのか。
「じゃー先生、トランプが人と似てるところってどこだと思う?」
無意識に、むかしの先生を思い出していた。
おれはカードの意味は違えど、全部似たように見えるところ。
なんて答えを期待してる訳じゃない。
今はそんな風にみえないから、今はトランプが人と似てる場所ってあるのかなーなんて、ただのどうでもいい疑問。
うんうん唸る真崎は、トランプで例えるなら数字のカードだと思う。何枚でもあって、特別視されないような。でも誰かにとっては好きな数字で見るたびに嬉しくなるような、そんなカード。
「あれだ、ピラミッドつくれるとこ」
それはあれだ、俺がさっき作ってたからだな。
おれの好きな数字が真崎なのかわからないけど、真崎が手元に来たら嬉しい気がする。
(肉まんは結局)(犬飼が買ってあげた)
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