小説 のコピー | ナノ
口
「先生!」
じぶんがそう呼ばれることには、まだ慣れない。
周りの教員と比べれば若いほうだと言われがちなじぶんは、じぶんでも大人になった気はしないままだ。
学生の頃、あまり周りと話をしなかった。
幼稚だなと思っていたからだ。
「先生どうしたんですか?」
進路相談しにきている生徒に覗き込まれて、ハッとする。
なんでもないよと笑い、提案するつもりの大学をいくつか印刷する。ここは大学付属だから受験なんてしなくてもエスカレーター式でいけるのに。たまにこうやって外部に行きたがる生徒は、僕に相談しにきていた。
中学からここにいる彼らは、狭い世界だと嘆いて学園を出たがる。寮があるから余計だろう。
「この間言ってた感じだと、ここら辺の大学や専門校がいいと思うよ」
「ありがとう!やっぱ和嶋先生くらいだよ、ここまでしてくれんの!」
「きみの担任の松林先生だって、真面目な先生だけどな」
「真面目ったら真面目。だからこそ頭固くしてここの学園の大学が一番お前の就職に役立つ!しか言わねーの」
ふつうの先生はそうかもしれない。
就職を約束されたようなこの学園は、冒険さえしなければ好条件だ。
ぼくのように適当な人間くらいだろう、他を紹介して人の将来を考えないやつなんて…。とはいえ全く考えてないわけではない。この生徒の明確な目的が決まっているからこそ、こうして見合った大学を選べる。
大学、か。
「え?大学ですか」
だされた課題に伏せっていた顔を持ち上げる真崎くん。
コーヒーの匂いに包まれた第2資料室では、もうお馴染みの光景になった彼の姿はあと1年たらずで消えてしまう。
ぼくはここに居るのに、彼だけが居なくなると思うと少し寂しい。
「うーん、普通にここの大学に流れると思います」
「そっか」
外部に流れないだけマシと考えるべきなのか。
大学は園舎も真反対で、出会う確率などほぼない。会う約束をしてもそんなに頻繁に会える距離でもない。そもそも、会う約束をこぎつけてまで会う理由も……。コーヒーを飲んで湯気にくもる視界で、彼の座るソファーを眺める。
彼と僕の間には、何があるのだろうか。
「和嶋先生?」
先生と生徒、そういう関係なのは知っている。
ほかの生徒に先生と呼ばれるたびに、馴染まないなと思っていた。でも真崎くんに呼ばれると、少しじぶんが先生であることを自覚する。
「先生も真崎くんと学生生活送りたかったな」
酷くくだらない会話。
あの頃はつまらないと思っていた。
「先生も大学来ますか」
冗談混じりに交わされる、言葉のやりとり。
「行かないよ」
このまま永遠と続けばいいのに。
(青春をやり直したいわけじゃない)
(ただ君と過ごしたい)
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