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口通りすがりA君



神童姫児は俺にとっての無くてはならない人。
俺が血反吐吐くほどに嫌ったこの世界から救い出してくれた、ガキみたいな犬飼のネーミングセンスを使えばまさに“ヒーロー”そのものだった。
もらった笑顔はまぶしくて、きっとこの笑顔が崩れるときはそれこそ俺は世界を大嫌いになるだろう。そう思うほどに、大切な人。

じゃあ、真崎は?真崎雄大は、なに。

そんなの決まっている。
またも精神年齢一桁の犬飼のネーミングセンスを使えば“通りすがりAくん”だ。








「伊神、……いがみ、起きてって」


ふと、聞きなれた声が頭で反響する。ぐるり、メリーゴーランドのように回りだした思考回路でまぶたがゆっくり持ち上がった。目の前には、すこし落書きがほどこされてる机。
髪を梳くように撫でられていることが感覚でわかり、ああなんだ真崎かと顔も見ずに目を閉じた。

俺をこんな風に撫でるのは真崎しかいない。

俺は真崎になにも言っていないけど不良で、族にも入っていて、ある程度…まあ上で。
だからこそそんな気安く触られては顔が立たない。のだが、真崎は違う。真崎は何も知らない。俺のことも神童のことも不良とか族とか一切関係なくて。いつ何ときこのご縁が切れるかなんて誰にもわからないほどに脆い、例えるなら糸電話の糸みたいな仲。

切れたら、終わり。


「伊神ってば、神童もう食堂行っちゃったぞ」


ふと騒がしいあの声が聞こえないことに気が付いた。
姫児は目を離すとすぐ厄介な奴らに絡まれるから、そばに居てやらなくちゃいけないのに。

そう思ってゆっくり頭を持ち上げると、目が合った真崎が眉をさげて笑う。


「はやく、行ってやれよ」

「真崎は」

「せーや待ってから、二人で行くつもり」


ふーん、そっか。

いつからか一緒に行動しなくなった真崎は、鳳と仲良くなったらしい。
一年の時からずっと俺達二人と絡んでいた真崎はクラスメートから少し遠巻きにされてたんじゃないだろうか、本当に何も知らない奴。ばかにしているんじゃない、でも本当にあほで。普通で、そばに居ると自分は普通でただの高校生なんだなって思う。

それは、嫌いじゃない。

でもそれは、真崎でないといけないわけでもない。

今、目の前を通り過ぎたあいつだって、真崎と代わって俺とこんな仲になっていたかもしれない。



「雄大ー行くよー」



俺のとなりの席に凭れていた真崎は、俺から視線を外すと教室の外で呼んでいる鳳をみて笑顔をつくる。
その顔、久々に見た。口に出さずにじっとみていると、真崎は俺の頭をもう一度ぽんと撫でて「おっ先にーい」なんていたずらっ子みたいにはにかんで鳳の元へ向かう。
誰も競っちゃいねえよ、がきか。なんて真崎の後姿を見て呆れたつもりだったのに、自然と口元が緩んでしまう。

あの日、出会った日。

声をかけたのは紛れもなく俺からだった。


『なあ、お前なんていうの』


目の前を通り過ぎた黒髪の、ふっつうな男。
その時のノリで話しかけてこんなに長く一緒に居ることになるとは思わなかったけど、話しかけたことを後悔する日なんて一度もなかった。
それはきっと犬飼も同じで、最初こそ犬飼はめんどくさそうな奴とか文句垂れてたけど結局なにかと真崎。どこかへ誘うのも真崎、暇だから真崎。なんて


少し前の話か。


がたり、先に食堂に居るだろう神童のところへ行くため、席を立つ。

すこし気怠さが晴れている今なら、神童と犬飼のばか高いテンションにも呆れずついていけるかもしれない





(通りすがりA君)
(目の前を通った君が、ふわり笑う。愛想笑い)



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