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かち、かち、カチッ……


僕の心の秒針はいつからか止まっていた

知識は増えるし、身体も大きくなるのに、心だけはいつも動きはしなかった。
小さい頃、母がココアばかり入れるから甘党になった。小さい頃、家の執事たちが勝手に片付けるから片す方法を教わらなかった。大人に囲まれて笑っていたから、感情を隠すのが得意になった。いや、むしろどうでもよくなった。何にも期待しない、何にも思い入れない、そうすれば楽なんだと思った瞬間カチリ。どこかで音がして僕の成長は止まった。
我ながら子供らしくない子供だった。元々頭が柔らかいのか勉強が得意で、語彙力に優れ。大人びた子供だと。一度だけ、可愛げがない子供だとも言われた。

今の僕からじゃ考えられない


「先生は、大人ですね」


真崎くんは、コーヒーをすすりながら僕にそう言う。
僕は今考えていたことと、本当に真逆のことを言われてきょとんとしていた。

一緒にこの場にいた衣笠くんも、珍しく手を止めて目を見開いている。
そうだろう、衣笠くんの反応が一般的だ。僕は自分でいうのもあれだが、大人としてあまりに言動が幼い。甘い物が好きで身体を壊しそうになるほど摂取して、衛生面もまるで駄目。自分では部屋を綺麗になんてできやしない。まるで駄目人間だ。


「俺、先生みたいな大人になりたいな」

「やめとけ」


滅多に喋らない衣笠君がしゃべった…。

真崎君も思わぬストップに目をぱちりと瞬かせている。
でも意外だなあ。なんで僕みたいな大人なんだろうか、とくに真崎君には結構わがままを言っていると思う。


「なんで僕なの?他にも先生いるけど」

「さあ?」


え。

当の本人が首を傾げてなんでだろ、なんて可笑しそうに笑っている。

なんだ、からかわれただけか。コーヒーをひと口すすって、ノートに確認印を押す作業を再開する。が、真崎君からの視線が痛い。
ちらっと、真崎君の方をみると、食べてるクッキーを口に放り込んでなにか閃いたように手を叩く。コーヒーをよくよく冷ましてからクッキーを流し込むように飲む真崎君。


「わかった、コーヒーの飲み方だ」

「コーヒー…?」

「先生って、一回冷ましたらスッと飲むんだけど。それ格好良いです」

「え、えー…そこかあ!」


衣笠君もこれまた珍しく笑っている。

まさか性格ではなく、仕草だったとは。
砂糖が3つもはいった甘々なコーヒーを少し揺らす。

こんな仕草くらいなら僕みたいになってもいいな。




(性格はそのままでいてほしい)
(真崎くんといると心が動く)



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