4月1日企画
第一章11ページ目
もしもトトゥスが○○だったら……







 朝食の準備を手伝うことにしたカノンは、食器を取り出そうとして背が足りず、手が届かない現状に内心唸っていた。

「カノン、なんでフローシェルの聖任を受けようと思った?」

 料理係はトトゥスだ。彼は薄く切られた肉を熱した鉄板の上で器用にひっくり返しながら、カノンへ尋ねてくる。

「なぜって……私がまだ小さい頃に出会ったひと、名前はわからないんですけど。そのひと、フローシェルの祝福師だったんです。とっても綺麗で、優しい方で。私はその頃から祝福師になろうと思ったんです……っと」

 うんと背伸びをして、ようやく皿のふちに触れた。そろり、そろりと引き寄せる。爪先が限界を叫んで震えているのを堪える。

「そうか。――――実はそのフローシェルの祝福師はな、俺の妻だった」

「えっ!?」

 振り返ろうとしたところで、手もとが大きく狂った。頭上で傾いた皿は、あっという間にカノンへ迫ってくる。加えて、皿のなんと重たいことだろう。当たればただで済みそうもない。
 皿を受けとめなければ。
 けれど、もう間に合わない。
 カノンは本能的に衝撃に備えたが、予想していた痛みは全く訪れてこなかった。代わりに、なんだかとても厚い胸板が目の前にあった。

「危なっかしいな。まぁ、そんなところも似ていると思うが」

「え、と……? ありがとうございます?」

 どうやらトトゥスに助けられたらしい。だが、男に抱き寄せられていることにカノンは疑問でいっぱいだった。
 彼女をしっかりと固定する逞しい腕と、何やら真剣なまなざしを注いでくるトトゥスの顔とを、カノンは交互に見比べる。
 やはりよく意味がわからなかった。

「あの、もう大丈夫なので。離してもらっていいですか?」

「それはできない」

「な、なんでですか!?」

「カノン。俺がどうして朝食に誘ったか解るか」

 声にすごい迫力を感じる。トトゥスの瞳がどこか熱っぽく艶を帯びているように見えるのは、錯覚だろうか。

「わ、わからない、です」

「嬢ちゃんが、俺の妻に似ているからだ」

「はいい!?」

 何となく、いやな予感がしてきた。こうなれば自棄だ。カノンはじたばたと力の限り男の胸を押した。
 案の定びくともしない。普段かかない、というか寒くてかきようのない汗が背中に流れた気がした。

「だから、俺の妻にならないか?」

「全力で遠慮します!! あ……いやっ、……んっ」


 その後、カノンはどうやってトトゥスの家を出たか覚えていなかった。立て続けに理解不能な事態に陥って、頭の中が真っ白だった。
 しかし彼女は一つだけ、固く決心したことがある。

(もう、フローシェルにはいられない……)

 よろけながら、足を引きずるようにして、ただただ歩く。
 さようなら、フローシェル。
 さようなら、守護獣。

 大司教の言葉が、いまさらになって薄く蘇ってきた。

『――ああ、それと。くれぐれも知らないひとについていってはいけませんよ。あなたは、返事だけ立派ですけど、そこだけは心配してますからね』




第一章・完



第二章『カノンの逃亡』へ続かない。


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