白いパンと赤い果実
(クルス/ユエリア)







 彼――クルスが村に留まってから、早くも十日が過ぎていた。その内に彼が村で行っていたのは、『ユエリアへの恩返し』という名の、主に肉体労働であった。
 村を囲む柵が損なわれていれば器用に柵を直し、畑に新たな作物を植えると聞けば進んで土を耕した。屋根の修理に薪割り、果ては家畜の餌やりまで。
 あらゆる肉体労働と雑用をこなす彼は、しかしただ一つ苦手とするものがあった。
 仕事の合間に薬草師の小屋まで食事を摂りに来たクルスは、並べられた料理とユエリアを見比べる。

「ユエリアが作る料理はいつも素晴らしいですね」

 柔らかな笑みを惜し気もなく向けてくる彼に、ユエリアは今日何度目か分からない溜め息を吐いた。
 自身がこさえた昼食を彼女は指差す。簡素な木製の食卓には、ユエリアの村ではごくごく平凡な料理ばかりが大小三つの皿に盛られている。

「別にすごくないし。ここじゃ普通よ」

「でも僕にはとても作れそうにないですから、やっぱりすごいです」

「……ああそう」

 この男の、苦手とするもの。
 それが料理だと判明したのは、彼を村に連れてすぐのことだった。だから仕方なくこうしてユエリアは代わりに料理をこさえているのである。
 決して『彼のため』ではない。仕方なく、彼の代わりに、だ。

 クルスが席につき、ユエリアもまた椅子を引く。感謝の祈りを捧げると、彼は早速とばかりに中央の白いパンを手に取った。
 しかしすぐにそれを頬張ることはせず、一口大にちぎると、どことなく優雅な手つきでパンを平らげていく。
 静かにそれらを観察していたユエリアは、ふと頭の隅をよぎる疑念に心がさざ波を立てるのを感じる。

「どうしたんですか?」

「何が」

「さっきからずっと視線を感じるんですが」

「気のせいでしょう」

 妙なところで鋭いクルスを軽くあしらいながら、彼女は三つの皿とは別の、編み籠の中で転がっていた赤い果実を掴み出す。
 甘い花のような香りを漂わせる果実をユエリアは両手に包み込むと何も考えず噛りついた。
 その身を食い破られた果実は内側から、まるで涙を流すかのごとくじわりと蜜の甘さを口内へ広げてゆく。
 二口目を飲み込んだところで、彼女は斜向かいで目を丸くさせているクルスを睨んだ。

「……何?」

「いえ、何も」

「そんな顔されちゃ気になるわ。言いなさいよ」

「何もないですって」

 困ったように首を傾げる青年と訝しげに眉根を寄せる少女。

「あんた、頑固ね」

「ユエリアこそしつこいですよ」

 ユエリアは肩を竦めると、赤い果実から溢れだす果汁に唇を落とした。




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