世界は求める。
〇×●
何ということだろう。
俺は確かにコンビニで昼飯を買った。そして時計を確認し、遅刻寸前だということもあり、通学路を猛ダッシュしていたのだ。
なのに。
突如世界が暗転した。
「痛っ…………」
俺は見事に母なる大地にダイヴしたのだろう。全身、特に顔面がひしゃげてしまっているのではないかと思うほど痛む。
あー、カッコ悪ぃ。
誰にも見られてないよな……?
「やっと来てくれたか」
「は!? うっそ見られてた!」
全力で立ち上がろうとして失敗、仕方なく顔だけを上げる。するとそこは牢屋のごとく色彩の一面が暗い灰色。目を凝らせばそれがすべて石だと分かる。
「な、なんっじゃこりゃ。ホコリくさっ」
「随分と失礼な言い方だな。だが……まあ良い。お前は選ばれたのだ」
そして、いつの間に俺の脇に踏ん反り返って仁王立ちしている、白髪の、たぶん少女。
あんた誰。
いや、そんな事より遅刻だ遅刻! 俺はもう後が無いのだ。今度遅刻してしまえばキッツイ罰が待ち構えている。それだけは避けたい。
「すみません俺英語しゃべれないんで。んー、あー、あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ、おーけー?」
「何をほざいている。ここはお前の住みし世界ではない。ここは、“エン”と呼ばれし国。そしてお前はエンに伝説をもたらす者」
そっちこそ何言ってんだバカヤロー! くっそ、わけわかんねぇ。
ん。伝説って何だよ伝説って。
さっきから理解もあったもんじゃない。俺は夢を見ている事を願って頬を突っぱねる。……イテテテ。なんてこった、現実らしいぞ、おい。
ばかをやっている俺を無視し、白髪の少女は高らかに告げる。
「さぁ、伝説をもたらす者よ、この世界に幻を与えよ!」
「ま、幻……?」
な、何だよ胡散臭いが気になるじゃないか。きっとこの異質な空間と、非現実的な少女が俺を惑わせている。でなきゃ俺は、こんなに焦って先を促したりしなかったんだ。
「その幻の名は……」
「名は?」
我知らず生唾を呑む。それでも口腔は渇いているし、緊張と興奮で胸が張り裂けそうだ。一体どんな物なんだ。というより、俺はそんな大層なもんは持ってないが。
しかし少女はその問いを待っていましたと言わんばかりににやり、と笑う。
「えぬえーしーえる」
NaCl。
「食塩じゃねーか!」
〈おわり〉