ドール・ドリーム
〇×●





 遠い国の小さな街のおもちゃ屋さん。その店のショーウィンドゥの前をいつも通る男の人がいました。

 コツコツコツ……今日も彼は来ました。
 その姿をいつも見ていて彼に恋をしてしまった女の子がいました。
 その子の名前はジュリアン。ショーウィンドゥに飾られている一体のお人形でした。

 ――ああ、いつかあなたとお話が出来るといいのに……。

 ジュリアンは、いつもそう思っていました。

 その日の午後、一人の女の子がお店に入ってきました。

 ――今日は誰が貰われていくのかな。優しい子だといいのだけれど……。

 店のおじさんが、ショーウィンドゥの方にやって来ました。

 ――えっ、今日は私なの……?

 おじさんは、ショーウィンドゥからジュリアンを出すと、女の子に手渡しました。

 ジュリアンは、女の子に抱かれて、新しい家へ行きました。
 女の子はジュリアンをとっても大切にしてくれました。でもジュリアンは、いつも店の前を通る彼のことが気になってしかたありませんでした。


 ある日のこと女の子はお母さんに呼ばれて、ジュリアンを窓辺においたまま、お母さんのところへ行きました。
 しばらくすると、強い風が吹いてジュリアンは窓の外に落ちてしまいました。
 するとノラネコがやってきて、ジュリアンをくわえて川の方へと行きました。

 ネコが橋の上を得意気に渡っていると、橋の向こう側から犬がやってきてネコとけんかになってしまいました。
 ネコは、ジュリアンを川に落としてしまいました。

 ――……どこまで流されて行くんだろう。

 ジュリアンは、すごくさみしくなりました。
 しばらくすると、草がたくさん生えた岸辺に流れ着きました。


 遠くからこども達の声かしてきました。
 その中の一人の子がジュリアンを見つけました。

「あっ、お人形がある」

 その子は、ジュリアンを拾い上げ友達と一緒に公園の方へと遊びに行きました。

 こども達は遊びに夢中になり、ジュリアンを川から拾って来たことなど、すっかりと忘れてジュリアンをベンチの横に放っていました。

 日は傾き、やがてこども達は家へと帰って行きました。
 ジュリアンのことなどすっかり忘れて……。

 ジュリアンは、すごく悲しくなりました。

 お店のショーウィンドゥにいたころの自分を思いだしていました。
 毎日お店の前を通る彼に恋をしていたことを。

 ――もう、彼に会うことも出来ないだろうな。もう一度だけでも彼に会いたいな……。

 ジュリアンは、胸いっぱいに彼のことを想いました。



 こども達のいなくなった静かな公園に、一つの足音が聞こえてきました。

 コツコツコツ。
 それはなぜか聞き覚えのある懐かしい足音でした。
 夕日の向こうから一人の男の人の影が見えて来ました。

 そう、彼でした。

 ずーっとずーっと、ジュリアンが小さい胸いっぱいに、恋していた彼でした。
 彼は、ジュリアンの傍まで来ると、ふと足を止めました。
 一体の人形が落ちていることに気がついたのです。

 彼はジュリアンをそっと拾い上げ、体についた泥を落とし、横のベンチに座らせたのでした。
 彼にとってはたわいのないことでしたが、ジュリアンには胸が張りさけるほどの出来事でした。

 ――ああ、あなたに私の気持ちを伝えたい!

 だけど、彼は一人の人間の男の人。そしてジュリアンは魂を持ってしまった一体の人形。二人の心が触れ合う事は、ありませんでした。

 彼は、何事も無かったかのように家路へと向かいました。
 ジュリアンは、また一人公園に取り残されてしまいました。
 けど、ジュリアンは悲しくありませんでした。

 自分を拾い上げ、泥を落としてくれた彼の手が、とても暖かかったからでした。

 ジュリアンは、ステキな思い出と暖かいハートを胸に抱き、長い長い眠りにつきました。
 何処からでしょうか。夕方を告げる教会の鐘の音が鳴り響き始めます。

 ジュリアンの体の上にはいつしか白く、小さな花が降りそそいでいました。



‐‐fin.


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