今、オレの目の前にいますか?


ここはマサラタウン。
シンオウリーグを終えたサトシは数日前に帰郷し、旅の疲れを癒していた。
オーキド研究所に手持ちのポケモン達を預け、今は相棒のピカチュウだけがサトシの傍にいる。
現在の時刻は12時過ぎ。
ピカチュウにシンオウリーグでの激戦の感想を熱く語っていたサトシのお腹がグゥーと音を鳴らした。

「ママー、お昼ごはんまだぁ?」

二階から降りたサトシがキッチンを覗くと何とも良い匂いが漂ってきた。
今日の昼食はどうやらスバゲティのようだ。
ハナコはコンロのスイッチを切りサトシに振り返った。

「今出来た所よ、丁度よかった!
サトシお皿並べてくれる?あとコップとフォークもお願いね?」

「OK!」

食器棚からお皿を取り出し、テーブルに並べる。
ピカチュウもそれを見習ってポケモンフーズ用の皿をサトシから受け取り、ちょこんとした小さな手(足?)で床に置いた。

「はい、二人とも良く出来ましたぁw
それじゃあお待ちかね、ママ特製のミートスバゲティとポケモンフーズよ!!
さぁ召し上がれ!」

「うまそー!!いただきまーす!!」
「ピカピカチュー!!!!」

「んーうまい!!タケシの料理も美味しいけどやっぱりママの料理は最高だぜ!!」
「ふふっ、嬉しいわ!ありがとうサトシ。
ピカチュウはどうかしら?」
「ピッカッチュ!!チャ〜♪」

ニコニコと返事するピカチュウにハナコもつられて微笑んだ。
その後はしばらく他愛もない話をしていたハナコだったが、突然はっと思い出したような顔をした。

「あ…そういえばサトシ、シゲルくんには会いに行かないの?」
「ひげる?ああ…だってアイツまだシンホーのナナハマド博士の所にいるだろうひ。
こっひにかへってくるよふなら(こっちに帰って来るようなら)まぁ、会いに…いくかな」

スパゲティを頬張りながらどこか照れくさそうに話すサトシにピカチュウはチャ〜ア、とため息を吐いた。

「???シゲルくん、帰って来てるわよ?」
「へっ、なっ、〜げほげほっ!!!」
「あらあら、しょうがない子ねぇ…はいお水」

むせ込んだサトシを見兼ねてハナコはコップを手渡した。
コップからはみるみる水の量が減っていき、あっという間に空になった。

「〜ぷはっ…あ、ありがとうママ。
あー…えっと。し、シゲル、帰ってきてるの!?」
「サトシ知らなかった?確か三日前だったかしら…
オーキド博士にクッキーのおすそ分けに行った時聞いたのよ」
「みっ、三日前!?そんなに前から!?」
「そうそう、丁度サトシがこっちに帰ってきた次の日だったわね。
オーキド博士の手伝いでしばらくはこっちにいるんだそうよ?」
「そ、そーなんだ…ははっ、ははは!!」

そういえば私、どうしてその日サトシに教えてあげなかったのかしら…。
あっ!そういえばオーキド博士に口止めされてたんだっけ…、私ったら忘れっぽいから嫌だわぁw
などと付け加えて一人事のように話すハナコだったが、サトシの耳には全く届いていなかった。

(何なんだアイツ!!
オレには小まめに連絡入れろとか散々うるさく言ってたクセに!!!!)

「ピカピ…ぴっ!!!」

顔を伏せてフォークを握りしめたサトシを気にかけ、表情を伺い見たピカチュウは思わず小さな悲鳴を上げた。
目元は笑っているものの額には無数の怒りマーク。
口角はひきつったようにピクピクと上がり下がりを繰り返している。
今のサトシならスプーン曲げもお手の物だろう。

【パキン】

突然金属音が室内に響いた。
とっさにピカチュウは耳を立てて反応し、その場から離れた。
どうやらテーブルの上から何かが落ちてきたようだ。

「あら…サトシ、また折っちゃったの?
あんまり力を入れすぎちゃダメよ?
新しいの出すからちょっと待ってて」
「あー!!ごめんママ!!ピカチュウ、大丈夫だったか!?」

ピカチュウは首を何度もブンブンと縦に振りながら目を疑った。
サトシが床から拾い上げたのは、間違いなくフォークの先端だった。

◇◇◇

「ごちそうさまでしたっ!!」

昼食後のサトシの行動は早かった。
シンクに食器を素早く置き、急いで玄関に向かった。
ピカチュウも慌てて追いかけようとしたが、「ピカチュウは家で休んでてくれ!」と早口に告げられその場に止(とど)まった。
行ってきます!!と言う声の後、バタンと勢いよく扉の閉まる大きな音が聞こえた。

「ふふっ、サトシったら。あんなに慌てちゃって…
よっぽど会いたかったのねぇ〜!」
「チャ〜…ピカチュ〜…」

くすくすと笑うハナコとは違い、ピカチュウはこの後起こるであろう二人の最悪な事態に頭を悩ませるのだった。


所は変わって、ここはオーキド研究所。
ポッポ達が騒ぎ始めた事に異変を感じ、ユキナリは視線を外に向けた。

「ん?あれはサトシじゃないか…
おーいサトシーー、そんなに急いで何か用かのぅ?」

庭先を走るサトシの姿を発見したユキナリは二階の窓から声を掛けた。

「あっ!オーキド博士!!シゲル、今どこにいますか!?」
「あー…シゲル、か?アイツなら地下の倉庫におるぞ」
「倉庫??」
「あぁ、欲しい資料がなかなか見つからなくてのぉ、
探すのを手伝ってもらっとるんじゃ」
「そっか、ありがと博士!!オレちょっと行ってみるよ!!」
「おお、色々ごちゃごちゃしとるから足元に注意するんじゃぞ!?」
「分かりましたーー!!!」

騒がしく研究所(自宅)にスライディングで飛び込むサトシを見たユキナリはやれやれと肩をすくめた。

「ママさん、遂にバラしてしまったか。サトシには内緒にしてくれと言っておいたんじゃがのぉ…
まぁそろそろ隠すのも限界じゃろうて。許せシゲル、これも愛のムチじゃ」

何がどう愛のムチなのかは謎であるが、はぁ…と深くため息をついたユキナリは中断していた資料の整理を再開したのだった。

◇◇◇

「まったく…相変わらずごちゃごちゃしてるなぁココは。
こんなんじゃ探したい分野の資料何て見つかる訳がない…」

一人地下室でグチグチと呟きながら手に取った本を眺めているのはシゲル。
サトシに探し回られているなどとはつゆ知らず、黙々と祖父でありポケモン研究者の先輩でもあるユキナリに頼まれた資料を探していた。
手にとっては納め、手にとっては納めの繰り返し。
シゲルが向き合っているこの大きな本棚、一見綺麗に整頓されているように見えるのだが、実はジャンルが無雑作に置いてあり目的の物を探すとなると非常に不便になっている。
前に一度シゲルが帰郷した時ユキナリと整頓したのにも関わらずこの有様だ。
今日また整頓し直したとしても次にまた帰って来た時もきっとこうなっているに違いない、とシゲルは肩を落とした。

「何でおじい…っ、博士はいっつもこうなんだ。
一度出した資料なら元の場所に納めればいいのに」

口では文句を言っているシゲルだが、本当は分かっている。
ユキナリも名のあるポケモン博士だ。
多忙な日が多いせいで一度出した資料を元の場所に整頓しきれないのだろう、と。

「それにしたって博士も人が悪い。
急いでカントーに帰って来てくれ!何て言うから何事かと思って来てみれば…。
帰って早々あの資料が見つからないから片づけながら探してくれとか。
このデータファイルを整理しておいてくれとか、
研究の手伝いって言ってたけど…ただの大掃除でしょう、コレは。
そう思わないか?」

他に誰がいるわけでもないのに問いかけるシゲル。
当然返事は帰って来ず辺りはシーンといている。
その静けさのせいか、朝食後にこやかに話しかけてきたユキナリの映像がシゲルの頭を過ぎった。

(おおシゲル、去年レポートをまとめるのに使ったポケモンの進化論(ナナカマド著)の本が見当たらないんじゃ…
多分地下室じゃと思うから探してきてくれんかの?
あぁ、ついでに本棚の整頓もしながら探してくれんか?
ゆっくりでかまわんからな♪ゆっくりで!!)

「今日も要するに地下室の整頓が目的だったんだろうな。
はぁ…。それにしても自分の先輩であるナナカマド博士著の本をどこに置いたか分からなくなる何て…
孫として情けない…」

一人でブツブツ文句を言っても仕方ないか、とシゲルが再び本棚に手を伸ばしたその瞬間。
背後にある地下室の重たい扉がバーーンと軽快な音を立てて開かれた。
普段この扉がこんなに軽い音を立てて開かれる何ていう事はほとんどないのだが…。

「〜っ、はぁ、はぁ、見つけたぞシゲル!!!!」
「なっ…サトシ!?何で僕がここにいるって!!!!」
「ママが教えてくれた!!」
「は、ハナコさんが?」
「オーキド博士に聞いたって言ってた!!」

(あんの口軽じじぃ…しゃべりやがったな!!!)

心の中でユキナリに悪態をつきながらシゲルは額に冷や汗をかき始めた。

「なぁシゲル、」
「〜〜ッ!!」
「オレに何か言う事、あるよな?」
「…はい」
「何でお前こっちに帰ってきてるの?」
「それはその…博士の手伝いで」
「ふーーん。で、帰って来たのいつなんだよ」
「えーっと…あー…昨日、帰った、ばかりだよ?」
「嘘つけ、ママがオーキド博士から話を聞いたは三日前だって言ってたぞ」
「え、あ、あー…そ、そうだったかな」
「なぁシゲル、殴らないから正直に言ってみろ。な?」

“怒らないから”ではなく“殴らないから”というのがサトシらしい、などと思いながらシゲルはサトシに目を向けた。
顔は笑っているのに怒りのオーラを存分に背負ったサトシにシゲルはごくりと唾を飲んだ。
本当の事を告げるべきか告げないべきか、葛藤を繰り返しながらシゲルは恐る恐る口を開いた。

「じ、実は…その、一週間前に、ね」

どうやらシゲルは前者を選択したようだ。
だが、嘘をつかなければ良いという問題ではないという事を十分に分かっていたシゲルは、この後に続くであろうサトシの怒声に身がまえた。

「はぁ!?一週間前!?オレより早く帰ってきてるじゃないか!!!
どーいう事だよソレ!!!
何でオレからは連絡したのにお前からは連絡しなかったんだよ!!!」
「サットシ、落ち着くんだ、こっこれには色々と…事情、というか私情が…!!」

サトシに両手でがっちりと固定され上下にガクンガクンと肩を揺らされながらもシゲルは反論した。

「事情!?何だよソレ」
「それは…い、言えない…」
「あー、うん。そっか…分かった、
分かったから…とりあえず一回殴らせろ!!!!」
「結局殴るんじゃないか!!!!」
「ぜーんぶシゲルのせい、シゲルが悪い!!!!
ジゴウジトクってヤツだ!!!!」
「ちょ、サトシやめっ・・・!!!!!」
「うわっ!!!!」

サトシがシゲルに詰め寄ったその瞬間。
二人の視界が一気に下降した。
原因はサトシ、足元にあった紙切れに足を取られシゲルを押し倒して転倒したのだ。

「いってて〜…」
「痛いのは下敷きにされた僕の方だよ。
気を付けなよ全く、相変わらずそそっかしいなぁ君は」
「うるさっ、〜っ!!!!!」

文句を言いかけたサトシだったが、突然顔がリンゴのように赤くなった。
そんなサトシを不思議に思ったシゲルだったが、その理由に合点(がてん)がいき今度はニヤリと笑って見せた。

「何笑ってるんだよ」
「ん?サトシって相変わらず可愛いなぁって思っただけさ」
「は!?かわいい!?どこが!!」
「だって顔を近づけただけで赤くなっちゃってさ、
そんなに僕の事意識しちゃったのかい?それとも…何か思い出しちゃったとか?」
「な、なななななな何かってなんだよ!!!!」
「え、あー…そうだね。教えてあげようか、例えば」
「〜っ!!!!!どこ触ってんだバカ!!!!」

背後に手を回され、いきなり腰のラインをなぞられたサトシはパチンとシゲルの手を叩いた。

「こんな所で何する気だよお前!!!」
「だってサトシが教えてほしそうだったからさ」
「結構デス!!!」
「それは残念だね…じゃぁ、」

起き上がろうと体を起しかけたサトシの腕を逃がさないようにシゲルは掴んだ。
何するんだよ!と口答えするサトシの意見を無視して叩かれた手を再び背に回してサトシの腰を自分の方へと引き寄せたシゲルは、先程と同じくらい顔が近付いた所で一気に距離を縮めた。

「〜んっっ!!!!?」
「っ、これくらいは許してもらえるよね?」

ほんの数秒だったが、確かにお互いの唇が触れた。
久しぶりだったせいかサトシの鼓動はバクンバクンとやけに大きく跳ね上がっていた。

「おっ、おま!!!!なんで!!!!急にっ!!!」

シゲルの力が緩んだ事に気付いたサトシは素早くその場から離れた。

「ずっとサトシが不足してたからさ、」

サトシの体温が離れ、少し名残惜しげにシゲルも体を起こした。

「〜〜けっ!!!その割には連絡寄こさないでオレに会おうとしなかったよな」
「だからそれには…理由があるんだって」
「じゃあ…何で話してくれないんだよ」
「…君の前を歩いていたいからさ」
「全然意味が分からない!!」
「ははっ、分からなくていいよ」
「何だよソレ!!!!オレだけお前の事分かってない何てなんか悔しいから教えろよ!!!」

「…はぁ。じゃあサ〜トシくんに質問、
シンオウを征服しようとする悪い組織とカッコよくて頭の良いトレーナーが戦いました。
勝つのはどっちだと思う?」

「??何だよソレ」
「いいから答えなよ」

「んー…やっぱその、トレーナーに勝ってほしいよな?」
「そうだね、だけど残念。このカッコよくて頭がよくて容姿端麗なトレーナーは負けてしまったんだ」

「よ、よーしたんれいって何だ?」
「あぁ、気にしなくていいよ。じゃあ次の質問。
頭が悪くて無鉄砲で正義感だけが人一倍強いトレーナーがさっき言った悪い組織と戦いました。
どうなったと思う?」

「んー…正義は勝つ!!!!」
「正解、そのバカでアホで無鉄砲で正義感だけが強いトレーナーが勝ったんだ。
まさにヒーローだよね。
世界は救われた、ハッピーエンドさ」

「えーっと。…で、結局何の話がしたかったんだ??」
「要するに勝った方が頼りになるしカッコイイよなって話。
はい、この話はこれでおしまい!」

「ますます意味分かんないんだけど…」

「だから分からなくっていいって…あ、やっと見つけた!!」

「??何だその本」

シゲルは一冊の本を手にとってタイトルと中身を確認してパタンと閉じた。

「オーキド博士から探してくるように頼まれた本だよ。
これでやっと地下室から出られる」

倉庫の片づけはまた博士と一緒にすればいいだろう。
一人でするよりずっとはかどるし、とシゲルは自分を納得させた。

「・・・なぁシゲル」
「??何だい?」
「さっきのトレーナー…その後どうなったんだ?」
「さっきのトレーナー??ああ、アホでバカで無てっ、
「いや、そっちじゃなくて。
負けちゃったトレーナー…ヨーシタンレイっていう」
「へ、あぁ…そっちの方かい?んー、まぁ…その。
落ち込んでるね、きっと」
「何でだ?」
「だって負けてしまったんだよ?
しかもそのトレーナーは…その、好きだったんだよ。
正義感だけが強いそのトレーナーの事が。
だから余計に…自分の事、情けなく感じてるんじゃないかな。
多分…当分はそのトレーナーと顔を合わせ辛いと、思うよ」

「そっか…、そう、なんだ」

サトシの頬が何故か徐々に赤くなっているように感じたが、シゲルは気にせず扉の前に向かった。

「さ、この話はもう終わった事だろ?
早く研究所に戻ろう。お茶くらいならごちそうするよ」

シゲルは、サトシが軽く開けて入ってきた扉を開いた。
ゴゴーンと重たげな音が立つ。

「な…なぁシゲル、」

自分に背を向けたシゲルの黒いTシャツの端を掴み、
頬をすっかり赤く染めたサトシは上目遣いにシゲルを見上げた。

「はぁ…今度は何?」

「その、
そのトレーナーってさ…」




今、オレの目の前にいますか?

(いたらどうする?)
(好きな人が誰なのか聞く)
(聞いてどうするの?)
(…〜ウルサイ!!!)


ーEND−


あとがき...
アンソロ企画にて提出した作品です。
相変わらずなんじゃこりゃ、な作品(爆)
参加された皆様の作品と比べるとかなりの駄作だろうな、と思いながら提出させて頂きました!!←

DPギンガ団編を振り返っての妄想話でした。
シゲルはきっと「サトシ(正確にはヒカリとタケシと一緒にですが…)はシンオウ崩壊を阻止する事が出来たのに、自分は何も出来なかった」と悔しい思いをしているに違いない、と勝手に思い込んで書きました。
シゲルがサトシに会いたくなかったのは、頼りない自分が許せなくてサトシに会いづらかった、とかそんな感じです←
ギンガ団に負けた後、悔しそうに地面に拳を付けたシゲルが今でも忘れられない。
そんな妄想をMAXにしてしまった結果…文章がメサクサに(汗)
おかげで提出後に訂正する場所を何か所か見つけてアワアワしました(滝汗)
でも参加出来て嬉しかった…感謝デス(!!笑)

ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました!!





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