その手のぬくもりは優しさを教えてくれる

 久しぶりに、よく寝た気がする。窓をちらりと見ると、日はまだ昇っていない。ふと、自分以外の誰かがいる気配がして起き上がる。気配というよりも、すでにそれは兼家の近くにいるのだが。
 はたしてこれは何なのか、と未だ冴えていない頭で昨日の記憶を手繰り寄せる。そして、これは昨日捕まえた捕虜だと思いだし。なぜ一緒に寝ているのかまでは、思い出せなかった。
 おい、と呼んでみる。それは、起きる気配が感じられない。もう一度、今度は肩をゆすりながら声をかける。今度は返事ともとれぬような声を出した。それでも起きないそれに、兼家はいらいらしながらさらに激しくゆする。
 何度か呼びかけたのち、それはゆったりとした動作で起き上がる。そして、ここがどこだか思案するような動作をした後、眼鏡をかけて兼家と一緒にいた布団から離れようとする。
 それを首根っこを掴んで阻止し、兼家は捕虜を引き摺るように外へ連れ出す。いきなりのことで、驚いているのだろう。何か言っていたが、兼家にはわからなかった。
 近くにあった適当な縄で、捕虜の足かせと木を繋ぐ。適度な長さで、兼家の住まう離れには届かないが、ある程度は動くことができる。
 満足げに笑う兼家に対し、人間は嫌な顔をしている。そろそろ家を出て大学へ行く準備をしようかと思い、兼家は離れに戻る。人間は、変わらず何か吠えていた。

 大学から戻り、兼家は捕虜の様子を見る。そろそろ腹も空かしただろうと思い、適当に買ってきた氷菓子を捕虜へと投げた。
「やっと戻ってきたと思ったらなんやこれは。こんなん食えるか!」
 自身の体を抱きしめるように寒さに耐えてる彼女は、兼家が用意した食事に嫌そうな顔をして悪態をつく。
「それがお前の今日の食事や」
 兼家はそれ以上は何も言わず、その場を去る。後ろから、待てと言う捕虜の声が聞こえた。

 日も暮れ、辺りが暗くなり寒さが増す時間。そういえば、と兼家は外に繋いでおいた捕虜の存在を思い出す。渡したあれは、食べたのだろうか。ふと気になり、外へと様子を見に行く。
 身にまとった衣服以外寒さを凌ぐ手段を持っていない少女は、兼家を見つけるとすぐさま寒い、なんとかしろと吠えてくる。その様子は兼家には興味なく。
 兼家が置いた氷菓子は、手がつけられていなかった。そろそろ腹が空くはずだと思ったのだが、人間は違うのか。とりあえず寒い寒いと煩いので、家にある毛布を渡してやる。それで満足したのか、大人しくなった。いや、違う、私はと何かうわごとを繰り返していたようだったが、兼家は気づかずに離れへと戻ろうとして、ふと何かを思い出す。
「せっかく捕まえたし、何か言わん?」
 いきなり何を言われたのか驚いた様子で、人間はしばらく黙る。しかし、すぐに怪訝そうな顔をしてあんたに言うことんて何もない、と言い放つ。
 聞き方が悪かったのかと思い、兼家はなら知っていること全部言え、と尊大な態度で言う。それに絶対言わない、ときっぱり言う人間に興味がなくなったのか、兼家はならいい、と言って離れへと移動した。

 夜中に、目が覚める。それは、兼家にとっていつものことだ。外は、まだ暗い。日が昇るには、まだ数時間のときを必要とするだろう。
 ふと、捕虜の様子が気になり、兼家は起き上がる。
 捕虜は、兼家を見つけるとすぐさま臨戦態勢に入るのだが。今回は、いつもより体の動きが鈍い。どうしたものかと考えていたが、火照った顔を見て察する。そして、近づいてそっとその額に手を当てると、そこは兼家が想像した以上に熱かった。
 慣れない環境での緊張と、長時間寒さに晒されていたせいだろう。脆いな、と思いながら兼家は木と捕虜の足かせを繋いでいた紐を外す。
 逃げるかと一瞬身構えたが、体調が悪くそれどころではないのだろう。ぐったりとした体は、ほとんど動く気配がなかった。
 抱きかかえ、とりあえず部屋へと連れて行く。布団に寝かしつけ、兼家はさてどうしようかと考えた。
 遠い記憶、まだ母が生きていたころ。何をしてもらったか。思い出そうとして、思い出せず。いつの間に寝たのだろうか、気づくと彼女は寝息を立てていた。
 母が倒れたときが頭をよぎる。苦しそうな呼吸、青褪めた顔、冷えていく体。怖くなって、何かせずにはいられなくなった。
 確か、頭を冷やしてもらった気がする。手拭いを探し、桶に氷を入れて冷やし、それを額の上に乗せる。顔にうっすら汗が浮かんでおり、死なないようにと、彼女の手を握った。

 何度目かの目覚めで、兼家は朝になったのだと理解する。あれから、何度か寝ては覚め、起きるたびに彼女の手拭いを替えていって、を繰り返していた。
 今だ苦しそうな呼吸を繰り返す彼女に対し、兼家はその後どうすればいいのか考える。薬があるかと考えたが、そんな高価なものなどこの場所にはない。なら何か体にいいものなどないかと家の周りの草を探したが、普段適当に食べているため全くもってわからない。とりあえず体によさそうなものをと適当にいくらか摘んだが、効果があるだろうか。適当に入れて、お粥を作る。人間が目を覚ましたら、はやく食べさせようと思いながら。

 一日中看病した結果か、人間は次の日には歩けるほどまでに回復した。これなら、予定していた大帝への謁見もできるだろう。病み上がりで悪いとは思うが、今を逃したら機会はしばらくないだろうと考えて文句を言う彼女を連れて行く。
 大帝の住まう場所へ行き、仕えてるものに取次ぎを願う。大乱も始まり、忙しいため時間がかかるだろうと思ったが、すぐに可能ということで大帝のいる部屋へと案内してもらった。

「暫し、人間と話しがしたい」
 大帝と捕虜について話しをした後、大帝が告げる。なぜかと疑問に思ったが、兼家は大帝に何かを言える度胸などない。大帝の言葉に兼家は頷き、部屋を出た。
 案内の者に待ち部屋へと案内してもらい、茶や菓子を出して自由に食べてくださいと言われる。それに頷き、兼家はのんびりと茶菓子でもつまみながら、再び呼び出されるのを待った。
 初めて間近で見た大帝は、兼家よりも年下のはずであるが雰囲気に圧倒された。自分なんかと比べるのも烏滸がましいが、それでもすごいと、羨ましいと思ってしまった。なんとなく劣等感に苛まれながら、ふと外を見る。外は、心地よさそうな風が吹いている快晴だ。出されたものをうまいと思いながら外を見ていると、先程案内してくれた者が呼びに来た。
 再び訪れたそこには、横たわった人間と大帝の姿が見える。何があったのか、なんとなくだが理解した。
「その人間のこれからの処遇は、お前に任せる」
 大帝の言葉に、すぐに反応できなかった。しかし、小さくはい、と呟く。
「お目通り、ありがとうございます」
 ぐったりしている人間を連れて、大帝のいる部屋から出る。最後に見た大帝は、笑っていたような気がした。

 大帝の謁見から次の日。なんとなく、体に違和感を覚える。それでも、気にしないふりをして起きようとして。途端、体がぐらついた。
 頭が酷く痛む。体も、うまく動かせない。久しぶりの、感覚だった。
 今は、人がいる。こんなところで弱みを見せたら、相手の思う壺だ。だから、動いて、いつも通りにしなければ。
 そう思いながらも、兼家の体は思うようにいかない。必死に言い聞かせるように体を起こし、歩こうとする。しかし、視界が歪んで真っ直ぐ歩くことは叶わなかった。
 結局布団から出られず、ぼんやりしている。人間が起きるまでになんとかしなければ、と思ったが、気だるさはおさまる様子をみせなかった。
 暫くして、隣で寝ていた人間が起きる気配がする。動けずにいるのをどうしようか悩んでいると、ひんやりとした手が兼家の額に当てられた。
「やっぱり、熱が出てるな……」
 小さく呟かれた言葉で、兼家は人間に体調が悪いことを知られたのだと気づく。他に何か言われるかと思ったが、人間は何も言わず立ち去る。
 どうしたのかと思いしばらく待っていると、人間は何かを持って戻ってきた。それは、どうやら食器のようだ。
「ああ、悪いけど台所勝手に借りたで」
 兼家の傍に腰を下ろし、告げる。
「つーか、なんであんなに食事がないん……」
 ぼそりと呟かれた言葉は、兼家に対し告げられたものなのか。ぼんやりとした頭で考えたが、答えは出なかった。
 ほら、と差し出されたのは、食事がのった匙。それを、人間は自身の口へ入れる。何事かと思ったが、すぐに言われた言葉で理解する。これで、毒が入ってないってわかったやろ、と。人間は兼家の体を起こすと、丁寧に食べさせてくれた。うまく働かない頭で、誰かが作ってくれたのを食べるのは久しぶりだなあ、と思った。

「体を拭くから上だけでも脱げ」
 いきなり何を言われたか理解できず、兼家ははあ、と曖昧な答えしかできなかった。
「これ以上私を辱める気なん?」
 兼家の問いに対し、人間は心外だと言わんばかりに顔をしかめる。
「今日、汗たくさんかいたやろ。ついでに着替えも必要やと思うてな」
 彼女のおかげで少しは楽になったが、そこまで迷惑をかけたくはない。また、会って数日の人間に裸を見られる趣味など、兼家にはない。動こうとしない兼家に対し、すでに着替えを持ってきた人間は実力行使と言わんばかりに服を脱がせ始める。なんとか止めようと思うも、未だ芳しくない体では叶わなかい。結局、兼家は彼女にされるがままになっていた。
「……なんとも思わないん?」
 恐る恐る、兼家は声をかける。人間は、一瞬何を聞いたのかわからないという顔をした後、溜め息を吐こうとして、息を飲みこんだ。その後に、別に、という言葉が聞こえる。そして、丁寧に一つ一つの『傷痕』にそっと触れる。彼女が何を思っているのか兼家にはわからない。ただ、その指先から、優しさが感じられた。
 その後は、安静のためにと言われすぐに寝かされる。不安そうに人間の顔を見ると、何かを察したのかそっと手を握ってくれる。大丈夫だとその瞳が告げているような気がして、兼家はそっと目を閉じて眠りに落ちた。

 

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