もう逃げない

 気づいたら逃げていた。様々なことから逃げていた。耳には、助けを求めていた誰かの声と断末魔がこびりついている。
 ああ、自分はなんて弱いんだろう。私は荒神として、みんなを助けたかったはずなのに。
 瑠璃は、傷だらけの体を必死に奮い立たせる。そして、先へ進む。今やるべきことは、荒川城砦へ行き反荒神勢力の人と合流すること。ほかに、できることなどないのだから。
 そして、やっと荒川城砦に辿り着く。ほっとしたのもつかの間、瑠璃は意識を手放した。

 美味しそうなにおいがする。それと、誰かが話をする声。はっきりとはわからなかったが、時間が経つにつれてどんどんはっきりしていく。重たかった瞼も、徐々に持ち上げることができた。
 見渡すと、たくさんの人。そして、たくさんの美味しそうな料理。恐らく、ここが荒川城砦の中なのだろう。
「よかった、目が覚めたんだ」
 見たことがある青年が、瑠璃に問いかける。確か、名前は……。ぼんやりと相手のことを思い出そうとしていたが、そっと差し出された食物にすべての意識を持って行かれた。
「お腹空いているだろう、お食べ」
 渡されたのは、お粥。倒れていた瑠璃に配慮してだろう。久しぶりのあたたかい食事に、瑠璃はただ嬉しかった。
「あの、ありがとうございます……」
 渡されたお粥を、一口食べる。昔、彼が作ってくれたものを思い出し、瑠璃は懐かしさを感じた。それと同時に、涙が出そうになる。
「城砦の近くで倒れてたんだよ」
 食べ終わったころを見計らって、青年が言う。心配そうに、瑠璃を見ていた。
 荒川城砦に彼がいるということは、彼も反荒神勢力の者。そして、おそらく瑠璃が荒神一族の者だと知っているだろう。今の情勢では恨まれても仕方ないのに、なぜ優しくしてれるのだ。あのまま、見殺しにしてもよかったのではないか。そんなことを考えてしまう。
 しかし、せっかく助けてもらったのだ。そして、この機会を逃してはならない。
 瑠璃は、意を決して口を開いた。
「お願いです、私もここでお手伝いしたいのです、みなさんを助けたい」
 そして、家族を助けたい。
 瑠璃は、まっすぐ青年の目を見る。やれることはやりたい。お願いだから、ここに置かせてほしい。
 やはり駄目だろうか。不安に思っていると、しばらく思案していた青年がいいよ、と言った。
 驚いて目を見開く瑠璃に、彼はただし、と付け加える。
「俺たちはあんたの面倒をすべて見ることはできない。だから、自分の身は自分で守って」
 心配そうに呟く彼に対し、瑠璃は大丈夫と返す。自分の身は自分で守れということはこの城砦内でも言えること。瑠璃が荒神一族だと知られれば、反荒神勢力に何をされるかわからない。
 大丈夫。今度は、心の中で呟く。やれることをやると決めたから。あのときから、もう全てから目をそらさないと決めたから。
「そうか。なら、まずはちょっと炊き出しを手伝って」
 優しく言う青年に、瑠璃は心の中で礼を言う。ありがとう。私は、できることをするよ。ありがとう。あのときと同じように接してくれて。
 瑠璃は、ここで生きると、決めた。

 

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