……またいつもの夢。
 見慣れた景色を見ながら、美優希はぼんやりと考えていた。
 この夢は、自分の前世。何度か、それも死ぬまでを見ているため、この夢がどんな感じに終わるのかを知っている。
 美優希は、夢の終わりを考えながらただ夢を見ていた。

「深雪!」
 少年が、こっそり入った屋敷の庭から縁側に座る少女を見つける。まだ寒さが残る春の庭はまばらに花が咲いており、その庭を見つめている少女はどこか儚げだ。深雪と呼ばれた少女はこちらに気づくと、大輪の花を思わせる笑顔を少年に向ける。そして、駆け寄る少年に声をかけた。
「しょうちゃん、また来てくれたの?」
 まるで自分は犬のようだと少年は考えながら、少女に近寄って長い髪を撫でた。深雪はくすぐったそうにしながらも、ただなすがままでいる。その時間が愛おしくて、切なくて、ただ少年は何も言わずに少女の髪を撫で続けていた。
「今日は大丈夫なのか」
 ふと、少年は少女に向かって尋ねる。すると、少女はにっこりとしながら今日はけっこう調子いいの、と言ってきた。薄氷のようなその危うさを感じるその笑顔に、少年は胸がしめつけられる。抱きしめそうになる体を押さえながら、少年はただ髪に触れ続ける。どこかで、椿が落ちる音が聞こえた気がした。

 少年の名前は小田原正護。美優希の前世である。
 少女の名前は鵜澤深雪。正護の想い人だ。深雪は病を患っており、療養のために西京から正護の住む村へと来たという。
 出会いは偶然で。ほとんど家から出ることがなかった深雪が外へ出て迷子となり、正護が見かけて助けたのが始まり。そのときに一目ぼれした正護は、彼女と仲良くなるために毎日といっていいほど深雪のもとへ訪れていった。そして、程なくして二人は仲良くなる。
 また諸語は、深雪の家へ通っていくうちに違和感に気づく。それは、彼女の家族が家にいないこと、世話人が彼女の世話を進んでしようという気がないことだ。それは、この村の人たちも一緒だった。誰も深雪の傍へと近寄らないようにしていることを不審に思いながら、正護は毎日深雪の傍にいた。

「ねえ、しょうちゃん」
 日が沈み始めたころ。深雪が、ふいに声をかける。おどおどしながら、それでいてどこか期待したような口調で。
「この村では七夕のお祭りがすごいんでしょう? 私も、それに行きたい」
 一瞬、何を言ったのかわからなかった。しかし、彼女の言ったことを理解すると、正護は驚いた。
 確かにこの村の七夕の祭りは有名だ。それは、他の村の人たちも来るほどに。しかし、普段家からあまり出ようとしていなかった深雪が、外に行こうとしている。いつもは、正護が外へ行こうと言っても親に怒られるからだの体調が悪いからだのと言って行こうとしなかった。いきなりどうして、と思ったが、その理由を聞くことができなくて、正護はただ生返事をするしかできなかった。
 しっかりした答えを返すことができず、正護はただ庭に生えていた躑躅を見ている。どうしようかと悩んでいると、深雪が再び言ってきた。祭りに行きたいと。
 本当に外へ連れ出していいのかわからなくて、正護は返答に窮する。ただ時間だけが無意味に流れているように感じ、正護は躑躅から深雪へと視線をそっと移す。深雪のほうは正護のことをずっと見ていたのか、彼女の真剣な瞳が正護を捕えていた。
「私を、祭りに連れて行ってください」
 今度は、お願いだった。真剣な、譲れないとでもいうような、願い。はっきりと聞こえた、連れて行ってほしいというただ純粋な願いに、正護は言葉をなくす。何も言えないでいる正護に詰め寄るように、深雪はさらに言ってきた。
「しょうちゃんと、たくさん思い出を作りたいの。お願い、祭りに連れて行って」
 何度も懇願する深雪を見て、正護はわかったと小さく言う。それは、諦めだったかもしれない。それとも、思い出を作りたいという深雪に対する同情か。正護はわからなかった。悩む正護とは対照的に、深雪はぱあっと顔を輝かせる。そして正護に抱きつき、嬉しそうにお礼を言った。ありがとうと、とても嬉しそうに。いきなりのことに、正護は抱きとめることもできず、ただ彼女のすることにされるがままだった。ただ、嬉しそうに笑う彼女が、正護の心を明るくしていた。
 じゃあ、七夕の日に。そう正護は告げて、帰る。別れ際の深雪の笑顔が、酷く印象的で、なぜだか胸が痛むのを感じた。

 七夕の日。連日続いていた雨だったが、この日だけは晴れるようにと皆が祈っていた結果か、昼からとても天気が良かった。
 七夕の約束をした日からも正護は毎日深雪のもとへと足繁く通った。そして、ひと月前から何時にどこへ集合かも決めていった。それを深雪は、本当に楽しそうに心待ちにしていた。
まだ明るい日が西に沈みかけている夕刻。正護は、鳥居の近くで深雪が来るのを待っている。
何があるかわからないからと、正護は深雪を迎えに行ってから祭りに行くと主張した。しかし、深雪はそんな正護の主張を聞いてくれず。彼女は友人と待ち合わせをしてみたいと言ったのだ。その友人という単語に少し傷つきながら、何を言ってもひかない彼女に正護は折れる。仕方ないと言って、正護は深雪と待ち合わせをすることにしたのだ。
 まだ約束の時間には十分ある。はやく着きすぎたということはわかっていたのだが、二人で出かけるということに緊張してしまい、家にいることができなかった。
 まさかこんなに緊張するとはなあ。そんな自分に呆れながら、独り言がこぼれる。祭りということで人が増え、ざわめきが大きくなる。まだ来ないだろうと思い、ちょっとしゃがもうかと思っていた矢先。声が聞こえた。
「しょうちゃん、遅れてごめんなさい!」
 声がしたほうへ向くと、そこにはいつもの部屋着姿とは違う浴衣を着た彼女が見える。当たり前だが、いつもと雰囲気が違う。急いで来たのだろうか、息が上がっていて頬がいつもより赤かった。
「いや、今きたところだから、大丈夫だよ」
 嘘なのだが、正護は急いで着た彼女を心配させないように言う。彼女の性格だ、長く待たせてしまったら例え時間前でも申し訳なく思ってしまうのだ。笑顔で正護はもう一回大丈夫だよ、と言うと、深雪は安心したようにそう、と笑った。
「じゃあ行こう。祭りはもう始まってるから」
 そう言って、正護は深雪の手を引く。掴んだ手が暖かい。緊張しているのを悟られないようにと祈りる。そして、正護は鳥居を潜って深雪と共に祭りの中へ入った。

「楽しかったあ……」
 河原に腰をおろして、深雪が言う。正護も、深雪の隣に座りながら先程までの出来事を思い出していた。
「まさか深雪があんなに金魚すくうのがうまいとは思わなかったよ」
「それを言うならしょうちゃんだって」
 楽しそうに笑いながら二人は話す。それは、とても楽しい時間だ。この時間がこのまま過ぎればいいと正護は思う。このまま、二人だけでいられればいいのに……。 
「あれ、正護じゃん」
 突然、後ろから名前を呼ばれる。振り向くと、そこは学校の友人たちがいた。深雪もつられて振り向く。彼女が小さくあっと声に出したが、正護は気づかなかった。
「おいあいつ、もしかして……」
 そのとき、正護の友人の一人が深雪に気づく。正護は何かと思ったが、彼は深雪を指さして何かを思い出そうとしていた。
 隣の深雪の顔を正護は見る。深雪の顔は青ざめていた。具合が悪いのかと声をかけようとしたとき。
「おい、お前、あそこの屋敷にいる女だろ!」
 友人の一人が深雪に向かって言った。その彼の声に、周りにいた人たちが集まってきた。
 それが何を意味する言葉かわからない。正護がどういうことか聞こうとしたとき、誰かの声で阻まれた。
「肺病の女がなんでこんなところにいるんだよ!」

 

   

 


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