駆けて巡り過ぎ行くもの

 なんとなく、考え事をしたくなると公園にいたくなる。それは、昔からずっとそうで。今日も、なんとなく一人で過ごしたくて『家』から近い公園のブランコに乗っていた。ところどころにある緑は濃く、どことなく暑さを感じる。
「咲都季」
 呼ばれて、振り向く。そこには、久しぶりに見る姉、美優希の姿があった。
「みゆ姉、どうしたの?」
 家を出た姉がこの近くに来るのは珍しい。どうしたのかと咲都季は聞いた。
「ただ実家に帰ってきただけだよ。父さんと母さんがたまには一人でゆっくりしなさいよと言われてね、子供はみてもらってる。ああ、真理なら今日は仕事だよ」
 聞きたいことをざっくりという姉に、咲都季は久しぶりの安堵感を覚える。彼女は、昔から言ってほしいことを言ってくれる。
「咲都季もどうしたの。なんか家を出たって聞いたけど」
 美優希が、近づきながら咲都季に問いかける。そして、隣のブランコに座りながら優しい笑みを向けてきた。それが、なぜか心苦しい。
 恐らく、咲都季が言うまではこれ以上問いかけないだろう。姉は、いつもそうだ。言いたくないことに対しては何も聞かないでくれる。その優しさに甘えたくなるが、しかし、今の気持ちを誰かに話したい気もする。どうしようかと悩んでいると、美優希は言いたくなければ無理して言わなくてもいいよ、と優しく言葉を発した。
 日が傾き始めている初夏。暑さがじりじりと影をひそめ始めている。夜になると、冷えるだろうか。
「私、好きな人がいるの」
 なんとか発した言葉に、美優希は黙って聞く。
「それで、今その好きな人のところに住まわせてもらってるんだけど、だまし討ちみたいに無理矢理住まわせてもらってる感じだし、その、ほんとは嫌なんじゃないかな、追い出したいんだろうなと思っちゃって……」
 え、と戸惑う声が聞こえる。それはそうだろう。いくら知ってる人の家でも勝手に住まわれたらたまったものではない。
 暫く、気まずい沈黙が流れる。咲都季は、他に何か言おうとしたがそれ以上何も言えない。どうしようかと思っていた時、美優希がいきなり立ち上がった。
「あんた何人様に迷惑かけてるんだよ! 絶対人に迷惑かけるなっていうわけじゃないけど、でもやっていいことと悪いことってあるだろ! あと何人様の安心できる場所とっちゃってるんだよ!」
 一気にまくしたてられ、咲都季は黙る。これ以上どうしようかと思っていると、美優希は言いたいことを言い終えたのか再びブランコに座った。
「まあ、過ぎたことをこれ以上言っても仕方ない。ところで、それは一人でやったの?」
 先ほどの怖い口調とは一転して、美優希はそれより前の優しい口調に戻る。それが更に怖くて、咲都季は言おうか言うまいか悩んでいた。
「えっと、その、その人は貴深子のバイト先の人で、その、貴深子が行けって……」
 なんとか言葉を絞り出す。隣で溜め息が聞こえて、咲都季はびくりと体を震わせた。
 なんとなく察したのだろう。とりあえず貴深子は殴ろうと恐ろしい決意を決めた美優希に、咲都季は怖くなる。
「まあ、確かに、それは言い辛いよな……」
 それが何に対してかはわからないけれど。夕焼けを見ながら言う美優希が何を考えてるのかわからない。咲都季は、ただ傍で黙っているだけだった。
「ところで、その咲都季が好きな人ってどんな人?」
 興味津々に、美優希が聞いてくる。はじめは言ってる意味がわからず、呆けて何も言えなかった。しかし意味が分かると、咲都季は戸惑って何を言えばいいのかわからなくなる。とりあえずと咲都季は単語単語で区切って言い始めた。
「えっと、西京駅前の、コンビニで、ヘブンイレブンの、店長やってる人で」
 優しい、人なの。どうしようもなく、惹かれたの。私に、勇気をくれた人なの。いつも、穏やかに笑ってるの。どうしてか、一緒にいたいと思ったの。
 咲都季が紡ぐ言葉を、美優希は黙って聞く。茶化さずに聞いてくれる長姉だからこそ言えるのだろうか。思っていることを、咲都季はぽつぽつと言い続ける。
 でも苦しいの。想われてないということがじゃないの。本当は私のことが嫌なんじゃないかって、思っちゃうの。わからないの。このままいてもいいのかって。私は、甘えてるの。
 胸につかえてたものが、言葉として吐き出される。美優希は何も言わない。薄暗さが出てきた空は、ただ優しく二人を包み込む。
「そっか。どうしようもなく、好きなんだな」
 咲都季が言い終えた後に、美優希が言う。その言葉は優しく、咲都季のことを心配しているのだとわかる。
「すごいな、咲都季は。だって、行動できるのってすごい勇気がいるんだよ。確かに、勝手に人の家に住むのは悪いことだけどね。そっか、そうなんだな」
 彼女の言葉が胸にしみる。今まで溜め込んでいたものが、すうっと消えていくような気がした。
「辛いよな。誰にも言えなかったよな。よく頑張ったよ」
 その言葉に耐え切れず、涙が頬をつたう。そしていつしか、咲都季は大声で泣き始めた。

「じゃあ、あたしはそろそろ戻るよ。咲都季はどうする?」
 しばらくして泣き止んだ咲都季に、美優希が尋ねる。その言葉の真意は、わかる。一緒に『家』へ帰るか、彼がいる『あそこ』へ戻るか。答えは決まってる。
「私は戻るよ。言われるまで離れないつもり」
 大丈夫。自分に言い聞かせる。
「そっか、わかった。じゃあ、何か困ったことがあれば相談しな。相手になるから」
 あたたかく笑う美優希に、咲都季は頷く。
「うんわかった、ありがとう」
 じゃあ私はこっちへ行くから、とブランコから立ち上がり、美優希から離れる。見送る彼女を振り向かず、咲都季は歩いていった。
 月が道を照らす。今日は満月だ。今日の夜ご飯はどうしようかと考えながら、咲都季は彼がいるところへと向かった。

 

   

 


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