ゆるやかにはじまる

 目を開ける。窓からは、日の光。時計を確認すると、五時。外の明るさから、今が朝だと理解する。
 どうやら、昨日は布団に倒れこんでそのまま眠ってしまったらしい。昨日と同じ服装を見て、真佐紀はげんなりした。
 とりあえず体だけでも洗おうと起き上がる。少しだるい気がしたが、気にしないふりをした。

 さっぱりした体で、真佐紀は廊下を歩く。思ったよりも長く入ってしまったためか、日は先ほどよりも高く昇っていた。時間を確認すると、六時。湯船に浸かりながら考え事をしていたせいだろう。
 ふと、前のほうに白い髪をした人物を見る。確か、荒神栞和だったか。とりあえず挨拶は基本だろうと声をかける。
「おはよう、栞和ちゃん」
 栞和はいきなり話しかけられたことに驚いたのか、体がびくりと震えたのがわかる。そして、赤い瞳から大粒の涙をこぼし始めた。
 まさか挨拶しただけで泣かれるとは思っておらず、真佐紀は戸惑う。とりあえず落ち着かせようと謝ったり抱きしめようとしたりしたが、泣き止まず。結局、彼女が泣き止むまで数十分の時を要し、真佐紀はそのまま傍にいることしかできなかった。

 実験が一区切りつき、真佐紀は気分転換のために研究室から出た。白い壁、白い床。白で覆われたそれらから、真佐紀はNECTERの建物は無機質だと思っている。白は嫌いではないのだが、どこか冷たさを感じるのだ。
 適当にぶらぶら歩いていると、朝に荒神邸で出会った栞和を見かける。本を大量に持っているためか、酷く重そうだ。
 一応手伝おうかと思い、真佐紀は栞和に近づく。なるべく驚かさないようにと思っているが、驚かさないようにするにはどうすればいいのだろうか。悩みながら歩いていたが、朝の時と同じように彼女と近づくしかなかった。
「やあ栞和ちゃん、さっきぶりだね」
 とりあえずびっくりされないように、明るく、小さめの声で言う。また彼女が泣くことは止めたい。一日に二度はせめてやめてほしいなあと思いながら、真佐紀は栞和の様子を見た。
 どうやら気づいていないらしい。真佐紀のことを無視して、先に進もうとする。しかし、持っている物が重いためか少しふらふらしており、かつゆっくりしか進めていない。
「重いでしょ、手伝うよ」
 ふらふらな様子が見ていられず、真佐紀は栞和が持っていた本を数冊手に取る。すると、栞和はやっと真佐紀に気付いたらしく止まって真佐紀のほうを見る。赤い瞳が、どうしてとでもいうように問いかけてきた。
「そのままだと危ないから。少し持つよ」
 先ほどの内容では伝わらなかったのかわからないが、似た内容のことを栞和に言う。これで伝わるといいんだけどな、と思っていたが、彼女は理解したのか、止めていた足を再び動かす。真佐紀に対して、何も言わない。
 真佐紀は無言の了承と受け取り、栞和の傍で歩く。よたよたとした彼女の歩みは、真佐紀が少し本を持っただけでしっかりとした足取りとなった。
 なぜこんな大量に本を持っていたのだろうと疑問に思ったが、ふと一番上にのっている本を見る。題名は、「青い鳥」。童話だ。他の本の背表紙を見ると、論文とまじってところどころに童話が入っていた。資料として使うのだろうかと考えたが、どうなのだろう。気になるが、彼女の癇癪を引き起こすのは嫌なため何も言わずにいた。
 しばらく歩いていると、ある部屋の前で栞和は立ち止まる。真佐紀もつられて歩きを止めて栞和の視線の先を見た。そこは、どうやら栞和の研究室らしい。
 両手がふさがっている彼女のために真佐紀は扉を開ける。そして、栞和が部屋に入ってから続いて真佐紀も部屋に入った。
 適当な場所に本を置くと、真佐紀はそれじゃあと言って部屋を出ようとする。そのとき、栞和は真佐紀にありがとうと言った。小さい声であったが、真佐紀にはしっかりと聞こえた。
「どういたしまして。じゃあ、またね」
 部屋を出て、扉を閉める。なんとなく、彼女と少し親しくなれた気がして、嬉しかった。真佐紀は、無意識のうちに笑っていた。

 

   

 


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