見つめる先

 NECTERの食堂。今は昼食の時間。いつもと変わらない光景だが、大輔にとっては日常での唯一の楽しみだ。
 彼の視線の先にあるのは、長い、薄い金の髪をした女性。きれいだと、大輔は思っている。ただ、ずっと見ていたいと。
「なにやってんの」
 『彼女』を見ていた大輔に、突然後ろ声がかけられる。いきなりのことだったためか、大輔は小さくうめき声をあげてしまった。
「隣いい?」
 こんなところで気軽に自分に話しかける人を大輔は一人しか知らない。隣の席に腰掛けてきた人物を見ると、案の定、彼の大学時代からの友人である荒神真佐紀であった。
「早く食べないの?」
 大輔の前にある、まだ一口も手をつけていない食事を見て真佐紀が言う。ただ『彼女』を見ることに夢中になっていた大輔は、やっと食事のことについて思い出したのか、そういえばという感じで大輔は食べ始めた。
 食べながら、真佐紀は大輔にこれからの研究について話す。大輔は、それを聞きいて適当に相槌を打ちながら、目線を『彼女』のほうへと向けていた。
食べ終わったのだろうか、プレートを持って『彼女』は席から立つ。凛とした美しさを感じるその姿に、大輔は思わずため息をつく。食堂から見えなくなるまで、大輔は『彼女』を見続けていた。
「告白しないの」
 いつの間にか食事の手が止まっていた大輔に対し、すでにデザートに手を出している真佐紀が問う。突然のことに、大輔は何を言い出すのかというような顔で真佐紀を見た。
「お前、どうしたんだよ急に」
 やっと大輔が発した声は、先ほどの問いの答えではない。しかし、声は掠れており彼が焦っているのがわかる。
しばらくは、大輔は真佐紀が食事をしているところを見ていた。二人の間には言葉がない。ただ、食堂にいるほかの人の話し声などが聞こえてくるだけ。大輔は、ただ気が気ではなかった。
「聞かないの? どうして僕が知ってるのかって」
 最後の一口を食べ終えた真佐紀が、大輔の疑問を口にする。そうだ、このことは誰にも告げていない。友人である、真佐紀にでさえ。
「なんで……」
 聞こうとして口を開くが、声はうまく発せられない。しかし、真佐紀はただいつもと変わらぬ声音で告げていった。
「隠してるつもりだったんだろうけどバレバレだったよ」
 真佐紀の言葉に、大輔は思い当たる。確かに、初めて『彼女』を見てから目で追っていた。食事の時間も『彼女』と合うように調節している。よく考えれば、近くで見ていた真佐紀にばれない方がおかしい。
 何を言えばいいのかわからず、大輔は未だ残っている昼食を見つめる。なぜあんなことをしていたのだろうという後悔が押し寄せてきたが、今さら後悔しても遅い。そしてふと、他の人にもばれていないだろうかと考えた。
 真佐紀、と名を呼び話しかけようとしたとき、彼は立ち上がる。一緒に片し行こうとしたが、まだ昼食を食べ終えていないことに気付いいた。せっかくの食事を、残しては申し訳ない。
「さっさと告白して玉砕すればいいよ」
 去り際に、真佐紀は大輔に言う。応援してるのか、むしろ失敗すればいいと思っているのだろう彼の言葉である。しかし、大輔にとっては数少ない友人からの言葉だ。ただ見てるだけでは変わらない。はやいうちに告白しようと考え、大輔は冷めた残りの昼食を食べ始めた。

 

   

 


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