天照へ向けて

 12月10日、超巨大調査潜水艇ノーティラス号へと乗船する。魔晶石エンジンによる擬似エーテル脈構築のため、乗組員は小ハッチ以外からの乗り下りはできないが、これから調査の旅が始まるのだ。
 しかし、潜水艇の航行ルートでもあるブリテン付近の北海では、【巨大不明実体】が確認されており、いつ出発されるかは定かではない。不安を抱えながらも、それぞれおもいおもいに過ごしていた。
 エスターもその一人だ。同室の人と話しをしながら、これから行く天照はどういったところだろうと期待に胸を膨らませている。特に、去年天照へ行ったシルヴィの話しを聞き、エスターはますます楽しみになった。
 潜水艇で暮らして5日経過したある日、この間財団へ入ったばかりのジーナがこっそり何かを買いに行くと言った。小ハッチをハックして開きそうだという。そういえばと、エスターは予備の羽ペンを持ってきていなかったことを思い出す。一本だけでも十分ではあるが、もしかしたら無くしたり壊れたりするかもしれない。ジーナに羽ペンと、ついでとばかりに紙一束を頼むことにした。なぜかどっさり買うことになったが。
 ジーナが色々な人に何か買うものがあるか尋ね回った後、彼女は買い出し班を連れてこの潜水艇から出ていった。賑やかだった彼女がいなくなったことで、少し静かになった気がする。少しため息を吐き、今のうちに今日の日記を書くことにした。

 夜の10時。Mr.Dが、乗組員に話しをする。どうやら、いよいよ天照に向けて出発するらしい。明日にはドーバーを出航し、1日程度で着くという。ノーティラス号の速さに、エスターは感心せざるをえない。
 Mr.Dは、忘れ物はないかや、しばらく電話は使えないから連絡は忘れないようになど、他にも様々な説明をしてくる。
 Mr.Dの説明を軽く聞き流しながら、エスターは天照への旅路に期待する。注意事項は、何度も見たので覚えている。しかし、これからの出来事に、何が起こるのか楽しみで仕方ないのだ。ブリテン国外を出るのはこれが初めてである。しかも、遠征という名目ではあるがこうして人が多い中で遠い場所へ行くのは中々に胸が高鳴るものだ。
 さて、もう少しで天照へ出航という話をMr.Dがしている最中であった。機関士の者がMr.Dに何か耳打ちをする。どうやら、小ハッチが開閉された形跡を見つけたらしい。ジーナが勝手に出たことがわかったのだろう。
 彼女は未だ帰ってきていない。他に一緒に行ったものは戻ってきている。もう少し出航だが、間に合うだろうか。
 ふとジーナの心配をしていた時だった。揺れが起きないはずのノーティラス号が、揺れたのである。しかも、かなりの衝撃だった。エスターを含めたほとんどの乗組員は、この非常事態に騒ぎ始める。世界各国で起こっている異変と、今あった出来事。嫌な予感がした。
 いち早く異変を察したMr.Dが、小型潜水艇で外へ出るという。責任者として、外の状況を確認するらしい。誰かが止めようと何か言おうとするも、それより早くMr.Dは動き、外へ出ていってしまった。
 Mr.Dは、出る前に皆にノーティラス号の中で待機するように指示をする。小型潜水艇から通信が可能であるため、そこから情報を流して外の様子を伝えるのだろう。しかし、今外へ出て大丈夫なのだろうか、よくわからないが、エスターは胸騒ぎを覚えた。
 小型潜水艇から通信が入る。どうやら、Mr.Dは巨大生物の後を追っているとのことだ。皆それぞれ不安に思っているのだろう。このまま巨大生物が故郷であるブリテンを襲うのかもしれない、そしてブリテンにいる家族や他の大切な人が襲われたら……。
 嫌な考えを振り払うように、エスターは顔を振る。今はそんなことを考えている場合ではない。Mr.Dからの通信で、何が起こっているのかをまず知るべきなのだ。
 Mr.Dからの情報はまだ続く。彼の焦っている声が聞こえた。みんなで何があったのか、耳を澄まして聞いていく。あの巨大生物は、そう、隣国であるゴールへ向かっているとのことだった。
 なぜブリテンではなくゴールへ向かっていくのか。わからないが、しかし、あの巨大生物がもしゴールを襲ったらと考え始める。多大な被害が出る可能性を考えて、エスターは身震いした。これから、自分たちが行うことを改めて考える。そうだ、自分たちは世界を救うのだ。
 そして、最悪の事態が起こった。Mr.Dが巨大生物を調べようとした時だった。彼の悲鳴と共に、通信が途絶えたのだ。一瞬で、空気が固まる。それはつまり、この作戦の責任者がいなくなったことを意味している。
 最悪の事態を考えてるときであった。微震を感じる。これは一体何かと思った時だった。船はさきほどの怪獣襲撃を思わせる、 唐突かつ激烈な揺れに襲われたのだ。立っていられないほどの激しい揺れで、皆何かに捕まっていたり、座り込んでいたりしている。エスターも、立っていられないため思わず座ってしまったほどだ。
 激しい揺れと戦っていると、落ち着いた男性の声が聞こえる。誰かと思った時、そこにいた人物は冷静に指示をした。彼の隣には、まだ帰ってきていなかったジーナもいた。
 Dr.Ark。BC財団管理者だ。Dr.Arkは動けるものを見つけると、彼らと機関士を小機関室へ行くよう指示する。どうやら、このままドーバー港を出るということだ。
 Mr.Dの安否は気になるが、それでもこのままここにいては自分たちも襲われてしまう。Dr.Arkの冷静な指示は、エスターの心を奮い立たせた。
 しかし、エスターにはやれることはない。ただ、怪我をしないように動くのが精いっぱいだ。他に動いている人たちを見ながら、エスターは邪魔にならないようにその場で耐える。
 船が、軋み出す音が聞こえる。あの巨大生物が襲ってきている音か、それともノーティラス号が出せる限りの最大出力を出しているせいだろうか。
 そして、ノーティラス号は超加速によって動き出す。艦内のあらゆるものが壊れるような音が聞こえたりするが、Dr.Arkの人命に比すべきものではないという言葉にエスターは同意する。別に人命が一番だとは思わないが、生きてれば何とかなるものなのだ。
 Dr.Arkの、間に合いましたね、という言葉に誰かが安堵のため息を吐くのが聞こえた。超加速で動いているため、未だ立つのにも苦労する。
 Dr.Arkから、安全速度に入るまで自己判断で身の安全を確保するようにと指示が入る。
 外壁の状態は不明であるが、エンジンには支障はないとのこと。被害なし、と彼は告げる。備品はDr.Arkの管轄ではないため、関係ないのだろう。
 彼の静かな声が、辺りに響いていく。これからの予定のことだ。
「天照へはあす到着予定です。調査行程は変更しません。あすから調査を開始します。全員、準備をしておいてください」
 何があるのかわからない。不安なことはたくさんある。しかし、今はやれるべきのことはやるしかない。
 行き先は大西亜共栄圏天照神国。ノーティラス号は、先へ進んでいった。

 

 







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