肉が裂けるのも、内臓を抉るように蹴られるのもどうでもいい。
早く早く、この輪廻を終わらせたい。
「この……馬鹿野郎!!なんでカオスになんてついてやがんだ!!」
「うるせぇ!あんたに関係ないだろ!!」
親父とこうして戦うのは何回目か。そして、親父の台詞も何回目か。
正直、聞き飽きたけど親父は毎度毎度忘れてるからな。
会えば毎回、言ってくる。
「てめぇ……自分がなにしようとしてるかわかってんのか!!」
親父の攻撃を紙一重で避けて、俺は下から切り上げた。
親父の利き腕に深く傷が入り、呻き声と鋭い視線が飛んでくる。
なにしようとしてるかって?
そんなの言われなくても分かってる。
コスモスの戦士を全員倒して、今回の輪廻を終わらせる。
そうしたら……またユウナは復活する。親父も俺にやられたことを忘れて復活する。
それを……俺は見続けるんだ。
ユウナがいて、親父がいて、俺がいるっていうだけの世界。
ユウナとは話せない。
親父とは和解できない。
ただ、同じ世界に二人がいるっていう事実だけしかない。
……それでも、俺は満足なんだ。
深手を負った親父の間合いに躊躇なく踏み込み、俺はフラタニティを振りかぶる。
まっすぐと俺を見てくる親父に、視線を反らしたくなるけど奥歯を噛み締めることで堪えた。
俺とあんたは、この世界でしか生きれない。
輪廻が断たれれば、待つのは消滅だ。
「倒れろおぉぉぉ!!」
倒れて、起きて、また俺を怒鳴れよ。
向けられるのが怒りでも、見てくれるだけでいいからさ。
だらりと腕の力を抜けば、フラタニティが手からこぼれ落ちそうになった。
取り落とせばもう剣を拾い上げられない気がして寸前で力を込めた。
ぐっと握れば痛め付けられたところが痛かった。
痛いということを感じるということは、俺がまだ存在してるってことだ。
いや、初めからいないと同じの存在だけどさ。
とにかく俺は痛いと思っていて、目の前に男が倒れ伏しているのが見えている。
俺の感覚的にはな。
「……親父?」
声を掛けてもぴくりとも動かない。
当然だ。俺が斬ったんだから。
けど俺も随分やられた。
身体中ボロボロで、あちこち死ぬほどいたい。
けど、死ぬほど痛いほうが消えて何もかも感じないよりいいだろ?
なにをするわけでもない。
この世界でただコスモスの戦士と戦うだけ。
ユウナと笑いあうことも、親父と同じ方向をみてあるくこともない。
ただ、歩いて休んで戦ってを繰り返す。
けど、そんな中でも僅かに悪くない瞬間があるんだ。
クジャとカードで遊んだり、クラウドと手合わせしたり、壊れそうな世界には花だって海だって光るもんがたくさんある。
ただ、世界に存在する。
それどれだけ素晴らしく、特別なことか。
嬉しさだけじゃなく、痛みも辛さとかも感じられることはいいことだ。
存在するからこそ、得られることだ。
それを、自分から手放すことなんて……。
「ティーダ」
掛けられた声に振り返った。
声で分かっていたけど……クラウドだった。
視界の端で幻光虫が舞い上がるのが見えて、俺は視線を戻した。
親父がどんどんと霞んでいく。けどそこからカオスとは違う力を感じて、ちゃんと親父はコスモスに守られてるとほっとした。
これなら次の輪廻もこの世界にいるだろう。
「……なんスか?」
親父の姿が見えなくなるのを待ってから、クラウドのほうを向いた。
クラウドも親父がつい今しがたまでいた地面を見て、俺に目を向ける。
「ジェクトを倒したのだな」
「うん。……そろそろ今回の戦いも終わりそうだったからさ」
後どれだけのコスモスの戦士が残っているのだろうか。
けど時間の問題だろう。俺もスコールを……倒しちゃわなきゃ。
アルティミシアには悪いけどさ。
ちゃんと次の輪廻でもこの世界にいるようにするからさ。
……まあ、親父に戦ってボロボロの俺が手負いとはいえスコールに勝てるかは微妙だけどさ。
「いや、終わりだ。もう世界にはコスモスの戦士の気配がないとエクスデスが言っていた」
そう言ったクラウドはぐるりと辺りを見渡し……俺を咎めるような目を向けた。
「世界からコスモスの戦士がいなくなったのに、今回の戦いが終わる兆しが見えない」
「……どういうことッスか?」
「気配がないが、どこかでコスモスの戦士が生きているということだ」
白々しいな。それってつまり、スコールのことだろ?
俺が隠してるから、世界からコスモスの戦士の気配がないって言いたいんだろ?
「……アルティミシアが獅子がどこかで生きていると躍起になってさがしているぞ」
「……そーッスか」
「獅子はアルティミシアの獲物だからな。誰も獅子を真剣に狙わない」
「うん。知ってるッスよ」
アルティミシアに気を遣うわけじゃないが、あの人を怒らせると少々怖いから。
だからカオスの陣営ではスコールを特定して狙うことはない。
この前やられたのは、皇帝が適当にあちこち趣味のように張った罠に掛かったからだ。
あれは、誰が掛かってもいいと思っておいているやつ。
ぶっちゃければ、カオスの戦士が引っかかっても皇帝は満足なんだ。
そんな風に思いながら、俺は近づいてくるクラウドを見ていた。
クラウドの表情はほとんどいつもと変わりないものだったが、怒っているように見えた。
そーいえば、クラウドにはスコールが俺の部屋にいるのばれてるんだよな。
「……なぜ匿った?」
「……っ…!」
ぐいっと腕を掴まれ、親父に斬られたとこが痛んだ。
思わず顔をしかめれば、クラウドは俺の腕を持ち上げて傷口に舌を這わせた。
ねっとりしたその感触に驚いてクラウドを見れば、クラウドの顔が間近にあり、思わず後ずさる。
けれどそんなのはお見通しというかのように、クラウドは掴んでいた俺の腕を引いた。
そのまま傾くようにクラウドへと近づき、クラウドに抱きしめられた。
そんなこと、今までクラウドにされたこともなかったし、どうしてこの状況になったのかも分からない。だって、さっきまでスコールの話だったろ?
「ティーダ……」
温かい腕の中で、そっと囁かれる自分の名前。
けどそれは俺に違和感しかしか与えない。
俺が知る声じゃないとか、温かさじゃないとかぼんやりとそう考えていたら、首にちりっと痛みが走り、俺はクラウドを突き飛ばした。
「な、なにすんだよ!!」
俺がそう言ってもクラウドは無表情のまま……空気だけで怒っていた。
なんクラウドが怒ってるのか分からない。
俺が馬鹿やってもクラウドは怒んなかったのに。
いや、小言は言われたりしたけど……こんな意味不明に怒ったりなんてなかった。
「……コスモスの戦士を匿ったの、怒ってんスか?」
「それも、ある。お前がしたのは……裏切りと取れる行為だ」
「……わ、分かってるッスよ。だから……戻ったらちゃんと倒すって」
スコールを除いたコスモスの戦士がやられたなら、今回の戦いを終わらせるためにスコールを倒さなければ。
じゃないとユウナも親父も復活しない。
「……」
スコールを倒す。
そう思うだけでぎりぎりと胸が痛んだ。
拾った命を俺が潰すのか。丁寧に丁寧に、早く良くなれと治療した相手を自分で。
「その必要はない」
「え?」
「言っただろう。アルティミシアが探していると。……もう、とっくに見つかってるだろう」
その言葉に俺は全身が凍ったような感覚に襲われた。
アルティミシアが本気になってスコールを探したとしたら、俺の部屋の鍵が異質に作り替えられていることなんてすぐに気がつくだろう。
「……スコール……」
「待て!!」
次元城へと駆け出そうとしたが、それをクラウドにひき止められた。
俺の腕を握る手の力は強くて、簡単には引き剥がせなさそうだった。
なんで、なんで引き留めんだ!邪魔すんなよ!!
「どこへ行くつもりだ」
「どこって、スコールのとこにいかねーと……!!」
「行ってどうする。自分で引導を渡すのか?」
「そんな訳あるか!助けるに決まってんだろ!?」
「コスモスの戦士をか?」
「……っ!!」
言われた言葉に俺は息を詰めた。
そうだ。俺はカオスの戦士だ。コスモスの戦士を助けてどうする。
「………なんのために父親を倒したんだ。父親よりもあんな男を優先するのか?」
「ち、違う……!そんなんじゃ……ない!!」
俺はぶんぶんと首を振った。
俺はこの世界に居続けたいんだ。
ユウナと親父と、俺が同時に存在できるこの世界に。
そのために、その為だけに今までやって来たんだろ?
ユウナが倒れるのも、親父が俺に怒りよりも悲しみの目を向けるのにもずっと見ないようにしてきたんだろ?
「ティーダ」
クラウドに引かれて再びその腕の中に閉じ込めれた。
幼子にするように、背中を撫でられて『いい子だから』と言い聞かせられているような気持ちになった。
「………っ!!」
ここでこうしていれば、スコールはアルティミシアにやられるのだろう。
アルティミシアを退けられたとしても、カオスの戦士は後何人いると思っているんだ。
どう考えてもこの戦いもカオス側の勝利だ。
それは、逆立ちしたって変わらないことで……スコールは消滅するかはたまた輪廻に従い、記憶の浄化を受けて次の戦いに望むのだろう。
そうだ。なにをどうしたって変わらない。
スコールは倒れて、俺は………俺は……。
「なあ、クラウド」
「なんだ?」
「俺ってどうなるんスかね?」
アルティミシアにスコールを匿っていたことがばれるのは必至だろう。
ていうことはだ。俺はどうやっても裏切り者ってことになる。
裏切り者の断罪とか、皇帝大好きそうだよな。
俺ってカオスに戻れないんじゃないか?
こっぴどくやられて、復活しない末路じゃないか?
「……お前が気にすることじゃない。俺がなんとかする」
「なんとかって……」
「大丈夫だ。……お前をずっとカオスの戦士でいさせてやる」
クラウドのその言葉は、ずっとこの世界で生きていろってことなのだろう。
クラウドは俺がこの世界でしか生きてられないのを知ってるから……だから俺を心配するんだ。
俺の望むようにこの世界で親父やユウナがいるように。
クラウドもそれをそっと手助けしてくれてる。
「お前は、自由にしていればいい。ティーダはそれでいい」
よしよしと撫でられて、抱きしめられ、俺ももう考えるのが面倒になる。
そうだよ。俺の思い通りだろ?
好きなようにやって、俺が望んでること叶ってるだろ。
だから、これでいいんだ。
これで……いい……はずなのに。
『ティーダ!俺と一緒に来い!!』
「……っ!!」
スコールの言葉がずっと頭の中でリフレインしている。
まるで何かの呪いのように、俺に本心を気づけというかのように、ガンガンと響いて俺の痛いところをついてくる。
「ああ……くっそぉおおお!!」
「ティーダ!?」
俺は持てる力を使ってクラウドの拘束を解いた。
本当は捕まっている方が、俺が楽でいられるのは分かってる。
でも、その道は……楽なようで後味は悪い道であることを知ってる。
なにしろ何回も、何回も通ってきた道なんだから。
今更過ぎるといわれればそれまでだろう。
だけど、今更だけど気づいたらやっぱりこのままじゃいられなかった。
「悪い……クラウド。俺、行くッスよ」
そう言って全速力で走った。
向かう先は決まってる。
俺の、終わりだ。
□□□□□□
降り注ぐ無数の矢を、ガンブレードで弾き飛ばすが全てを弾き飛ばせるわけじゃない。
狙うのは急所に向ってくるもので、僅かにかする程度のものまでは相手しきれない。
突然に濃い魔力を感じたと思えば、部屋の扉が吹き飛んだ。
何事かなんてことは思わない。
間違いなく、カオスの戦士が攻撃を仕掛けてきたのだと理解していた。
元々がカオスの陣営の場所だ。
いつばれてもおかしくはなかったのだろう。
この前の金髪の男が漏らしたのか、それとも……この目の前にいる魔女が自力で俺を探し当てたのか。
「アルティミシア……!!」
「ごきげんよう。まさかこんな場所にいるとは……。灯台下暗しとはよく言ったものです」
ついと振り上げられる手から魔弾が放たれる。
それを爆風で吹き飛ばし、俺は狭い室内から廊下へと転がり出た。
こんな場所では思うように戦えない。
敵陣の真っ只中であるが、死ぬ気なんてあるものか。
ティーダが拾った命を無駄にする気なんてさらさらないし……それに、ティーダを探さなければ。
アルティミシアが俺を見つけたことでティーダの行動は白昼の下に晒されている。
そもそも金髪の男が既にティーダのことを知らせているかもしれない。
俺は自分から外に出ることは叶わなかったから、ある意味ではアルティミシアがきたのは好機だ。
これで外に出られた。
後は、ティーダを見つけてコスモスの陣営に戻るだけ。
……その道のりが容易くないことは分かっている。けれど諦めるつもりは毛頭ない。
必ず、俺はティーダを連れてここを出る。
「ここから出てどこへ行こうというのです?」
背後からアルティミシアの声がするが、そんなのには構っていられないと俺は廊下を駆けた。
正直、右も左も分からない場所だ。地の利は向こうにあるのも分かってる。
もはや勘だけで扉を蹴飛ばし、出たのは広いホールの二階だった。
そこが外に繋がっているかどうかは分からない。
広いホールを見て、後ろをちらりと確認する。
アルティミシアの魔力が近づいてくるのが分かる。
時間を止めてこないのは、俺が逃げ切れないとでも思っているのか。
それともまだ不要だとでも思っているのか。
どちらでもいい。
このホールから外に出られるかは不明だし、そもそもティーダもまだ見つけていない。
……この城の中にいるのが、それとも外に出ているのか。
「あら?まだここにいたのですか?」
こつりとヒールの音がして、真横にアルティミシアの気配を感じた。
反射的にガンブレードを薙げば、手応えもなくアルティミシアは階下のホールへと移動していた。
「このホールを真っ直ぐに進めば外に出られますよ」
「なぜそんなことを教える」
「教えたって意味のないことです。あなたはここからでることはできない。そしてその記憶を持ち続けることもできない」
殺す自信があるというのだろう。
だったら俺はその自信を打ち砕いてやる。
俺は階下にホールへと飛び降りるとガンブレードを構えた。
アルティミシアを倒して、ティーダとここをでる。
「行くぞ」
「存分に」
アルティミシアがついと手を構えた。
その瞬間に、アルティミシアの背後にある扉がばたーんと大きな音を立てて開いた。
現れた人物に対して、アルティミシアは驚いた様子もそもそも振り返ることすらしなかった。
けれど俺は現れた人物に対して、驚きと安堵と……胸を締め付けるような痛みを感じた。
「ティーダ!!」
「……ハァ…ハァ…。スコール…アルティミシア……」
ティーダは見るも無惨なくらいにボロボロだった。
誰にやられたのか、コスモスの戦士……か。
それともカオスの戦士に裏切り者としてやられたのか。
「お帰りなさない。ジェクトに随分と手酷くやられたようですね」
「親父じゃない。途中ですっげー嬉しそうな顔した皇帝様にあったんスよ」
「ああ……。あなたを裏切り者だと言って、飛び出して行きましたからね。相変わらずつまらない男ですわ」
ティーダとアルティミシアのやり取りに、俺はどう反応すべきか戸惑う。
ジェクトにやられたのかと言っていたことはティーダの因縁の相手はジェクトなのか?
ジェクトはどうしたんだ?それにジェクトをティーダは『親父』と言っていなかったか?
「ジェクトは倒せたのでしょう?」
「……コスモスの戦士はスコールしか残ってないの知ってんだろ?」
「ふふっ……そうですわね。愚問でしたわ」
「なっ……に……!?」
コスモスの戦士が俺しかいないということに目の前が一瞬だけ、真っ暗になる。
けれどそれはティーダが青い水のような刀身の剣を構えたことで現実に戻った。
ティーダは真っ直ぐに俺を見ると、苦しげに一瞬だけ顔を歪める。
「アシストはいりませんよ」
「違う。先に俺にスコールの相手させてくれよ」
「あら……助けた獅子を自らの手で討ちたいのですか?あなたはそういうことはできないものと思ってました」
アルティミシアは構えていた腕を下ろすと、一歩後ろに下がる。
そしてティーダは逆に一歩、前へ出た。
「討たないよ。だってこんな手負いだし。スコールはあんたの獲物だろ?
よこどりしない。俺だって親父の相手を横取りされんの腹立つしさ」
ぶんと剣を振って俺を見るティーダに、本気でやりあうつもりかと汗が伝う。
こんな展開は覚悟していなかった。
「ではなぜ?」
「んーー…?」
ティーダはのんびりとした口調でそういうと、にっと笑った。
その笑顔は今まで見てきた中でもっとも不格好で、醜いものだった。
「夢を終わらせようと思ってさ。つーか、アルティミシアは俺のこと……その……いいんスか?」
「私は誰が裏切ろうと、興味はありません。獅子さえ相手ができれば……ね。この場はひとまず譲りましょう」
「だってさ、スコール」
そう言ったティーダは明確に俺へと敵意を向けた。
初めて向けられる、ティーダからの敵意に俺は寂しさを感じたが、それよりも疑念のほうが勝った。
「こっからでたけりゃ、俺を本気で倒していけよ」
そんなことを言うくせに、なんでそんな悲しそうに笑うんだ。
アルティミシアは俺とティーダが対峙するのを一瞥して出口へと続いているという扉から出ていった。
……どの道、ティーダを抜いてもアルティミシアを相手にしなければならないようだ。
いや、そんなことを考える必要はない。
俺が考えるべきことはひとつだ。
「ティーダ」
「なんスか?」
俺はティーダに倣ってガンブレードを構えた。
けど、ティーダを倒す気なんてない。
「お前を混沌から連れていく」
「俺は秩序にはなれないッスよ」
そんなこと知るものか。
必ず、俺はお前を連れていく。
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次で終わりのはずです。
ふー……。やっとこさタイトルの意味がニュアンス的に出せたので満足。
bkm