眠っていたら誰か入ってきた気配がして目をあけた。
今が昼なのか夜なのか分からない。そもそもこの世界の時間は朝昼夜など関係なく、ずっと夜の場所だったり、昼間の場所だったりと滅茶苦茶だ。
完全に疲れたら休む。疲れがとれたら活動と言った世界。
カオスの戦士に疲れはあるのだろうか。
そういえばティーダが休んでいるのを見たことがない。
そう思いながら意識を入り口付近に向けた途端に鋭い殺気を向けられ、飛び起きた。
枕元に立て掛けてあったガンブレードを手に取るが、それよりも先に首もとに大剣が突きつけられた。
ひやりとしている固い感触が首に触れている。
僅かに引かれるだけで喉が切り裂かれるなと思いながら、眼前にいる男を見た。
男はティーダよりも薄い色合いの金髪をしていた。
その男の目は鋭く、殺気にまみれていることから俺を殺す気なのだと理解した。
このカオスの戦士は、どうして俺のことを知ったのだろうか。
ティーダは見つかるとまずいからと、俺の存在を公にしていなかった。
知っていたのはクジャだが……あの男は俺に関心がなかった。
ただの犬猫のように、俺がカオスの陣営にいてもなにも問題がないといった様子だった。
あの男が気が変わったという恐れもあるだろう。けどあの無感動な目に、俺はその可能性は低いと思う。
とすれば、ティーダがばらしたのか?
それはクジャがばらしたよりも可能性が低いだろう。
そんなことをするつもりなら、なぜ俺を助けたのか。もっと手負いのときに始末しているはずだろう。
……となれば、なにかのトラブルで見咎められたか勘づかれたか。
どちらにしても、これでティーダの裏切りが露呈した。
……ティーダはどうしたんだ?今、どこにいるんだ?
カオスの戦士が裏切り者を見逃すとは思えない。
思想的に裏切り者が許せないじゃない。
裏切りなんて咎められるいい理由を野放しするはずがないからだ。
自分の破壊欲を満たせるなら自分以外どうなってもいい連中だから……。
そう思って、俺は思考を止めた。
カオスの戦士、全員がそういう思想の奴じゃないだろう。
それはティーダや、クジャで立証されている。
だけど、破壊欲を持つやつらがいるのも事実か。
ティーダは間違いなく、これで標的にされる。
もしかしたら、もうなっているのかもしれない。
「……っ……!」
そう思ったら身体中の血が煮え立つかと思うくらいの腹立たしさに見舞われる。
その理由はなんなのか。ティーダはカオスの戦士だろう。
相容れぬ、敵である。本来なら、カオスの戦士がどうなろうと関係ないことだ。
……けど、それはティーダにも言えたことだ。
コスモスの戦士がどうなろうと全く関係なかったはずなのに、それでも危険を冒してでも俺を匿った。
それが善意なのか、それともなにか悪意があるのか分からない。
けど、こうして俺に刃を突きつけているカオスの戦士がいるっていうことは、ティーダは本当に俺を隠していたんだろう。
……信じていいのだろうか。
ティーダは俺を助けるために助けたのだと、信じていいのか。
押し付けられる剣先と殺気の凄さ、俺の命運がほぼないことを感じた。
けど、ここで終わりたくない。
知りたいことがたくさんある。
俺はまだティーダの真意を知らない。
どうしてティーダが……カオスの戦士なのかも知らない。
あいつが善意で俺を助けたなら、カオスの戦士にいることなんてない。
カオスの戦士なんて、あんな笑顔が眩しいやつには似合わない。
「……ティーダはどこだ」
「………」
俺がそう言えば、金髪の男は僅かにその眉をしかめた。
殺気が先よりも鋭くなり、ここ部屋の温度も下がったように感じる。
正直、この状況は絶望的だろう。
けどそんなこと知るか。
どのみちティーダが拾わなけれ尽きていた命だ。
今更恐れるものなどないだろう。
「ティーダはどこだ」
「………知らないな」
男の答えに、俺はカっとなって男の腹を蹴り上げようとした。
男は僅かに腰を引くことでそれを避け、次の瞬間にはさらに踏み込んできて俺をベッドへと押し倒す。
畜生。完全に向こうの方が上だ。
圧し掛かられ、喉元には刃が当たり、起き上がることも抵抗もできない。
それでも俺は目の前の男を睨みつけた。
邪魔だ。どけ。
ティーダに会わせろ。
「………クラウド?なにやってんスか?」
聞きなれた声に俺は目を見開いた。けれど押し倒されて動けないゆえ、声だけしか聞こえない。
けれど目の前に邪魔な金髪の男がその目を見開き、僅かに動揺したことに俺も動揺した。
なんだ、おい。
見えない。
邪魔だ。
どけ。
「ティーダ……?どうした……?」
金髪の男はもう、俺には興味がないといったように離れるとティーダの方へと向った。
とにかく俺は命拾いして、ティーダは無事なようで、そして目の前の金髪の男はティーダに危害を加えるような奴ではないことが分かった。
俺は体を起すと、ティーダがいる方を見やる。
そこには確かにティーダがいたが………俺の知らないティーダがいて息を呑む。
「ティーダ。なにがあった」
「悪いクラウド。帰ってくれよ」
ティーダは金髪の男ににべもなくそう言い、ついと扉を示した。
そのことに金髪の男は驚き、また俺のほうをちらりと見る。
コスモスの戦士とティーダを二人きりにさせていいのかとかそんなことを考えているんだろう。
あの男が向けてくる殺気は酷いくらいに強い。
「帰れって。今日はさ、頼むからさ」
それきり口を引き結んだティーダに、金髪の男は何事かをいおうと口を開きかけたが……それを閉じた。
そしてそのまま部屋の扉を開けると静かに出て行く。
扉が閉まる最後の瞬間まで、俺に向けられていた殺気に、次に合ったときはきっと殺しにくるなと思った。
易々と死んでやる気はない。あんな奴がいると分かったから、もう二度と寝こけて油断などしない。
ここは混沌の領域なのだ。いくらティーダにかくまわれていて、この部屋の居心地が……悪くないといっても気を抜くべきじゃない。
獅子の牙がティーダによって抜かれかけていたのかと自覚したが、それは俺の問題だからティーダは悪くない。
俺はじっと、扉のところに突っ立ったままのティーダを見た。
ティーダは棒立ちになったまま、はらはらと涙を流し続けている。
あまりにも静かに泣くその様子に、あんなにうるさいティーダがこんな風に泣くのだと、そもそも泣くことがあるのだとぼんやりと思った。
「……どうした」
なんて声を掛ければいいのかと思ったが、俺も金髪の男と大差ない言葉しか出てこなかった。
それが不快で眉間に皺を寄せてしまったが、ティーダに不機嫌だと勘違いされただろうか。
「………なんでもない」
ティーダはぐにゃりと泣いたまま顔を歪ませた。きっと笑おうとしたのだろうが、全然出来てない。
というよりも、泣いてるときにも笑おうとするな。
なんのために笑おうとしたんだ。俺に気を遣ったのか?
「無理して笑うな。……泣きたいなら泣けばいいだろう」
「……ははっ」
ティーダは短く笑うと一層に顔を歪ませた。
はたはたと涙を流しながら、ゆっくりとこちらへ寄ってくるティーダに『早く歩け』と罵りたくなる。
「そういやさっき、なんでクラウドが……わっ!」
ようやく手が届く範囲に来たティーダをぐいっと引き寄せればあっけなく腕の中に落ちてきた。
もぞもぞと暴れるティーダをぐっと押さえつければ……しだいに大人しくなった。
「その……なにがあったんだ?」
聞いてもよかったのだろうかと思いながら、ティーダの背中を撫でた。
ティーダはぶるりと身体を震わせると、ぐっと俺の胸に顔をうずめる。
ぐすりと鼻をすする音がして、男同士でなにをやってるんだとぼんやりと思う。
けれど静かに泣いて、俺に縋りつくティーダを離す気がしなくて、ただその背をなるべく優しく撫で続けた。
□□□
どれくらいそうしていただろうか。ティーダは俺の肩に頭を乗せて、ぼんやりとしている。
けれどその海色の目からは、しとどに涙が溢れて流れている。
それを指先で掬っているが、一向に止まる気配はない。
まあ、泣きたければ泣けと言ったんだから、構わないんだが……なんとなく泣かれているのは困る。
女に泣かれるよりはいいけれど、ティーダはいつも笑顔な印象が強いからちょっと居心地は悪いが。
「………スコール……」
「なんだ?」
「……死んじゃったんだ」
ぽつりと言われた言葉に、『誰が?』という気持ちが勝った。
ティーダは誰かが死んだことに対して涙を流していたのかと知って、その対象が誰なのかが気になった。
カオスの誰かか。それとも……コスモスの誰かか。
そこから考えなければいけないなんて、本当なら異常なことだろう。
カオスの奴がコスモスの戦士の死に涙を流すなんて滑稽だ。
「……誰がだ?」
そう問えば、ティーダはぐすりと鼻をすすり俺の服の裾を掴んだ。
その手は震えていて、ティーダが本当に悲しんでいることがわかる。
「……ユウナ」
その名前に俺はひゅっと息を呑んだ。
出てきたのがコスモスの戦士である少女の名前だったからだ。
そんなに接点があったわけじゃない。
けれどコスモスの戦士……仲間が一人死んでしまったということに衝撃を受けた。
あの少女はよく知らないが、皆が褒めるいい子だった。
そんな少女が死んでしまったのかという喪失感に俺も僅かに指先が震えたが、俺の腕の中にいるティーダのほうがよほど震えていた。
「あいつと知り合いだったのか?」
「……うん。元の世界で、仲間だったッス……」
その言葉に驚いた。カオスの戦士と、コスモスの戦士が元の世界で仲間であるということがありえるのか。
いや、それよりもコスモスの戦士で世界を救ったというユウナの仲間だったということは……ティーダも世界を救ったんじゃないのか?
それなのに、なぜカオスの陣営にいるんだ。
「俺……ユウナを守れなかったッス。最悪だ。仲間だったのに……」
ぐすぐすと泣くティーダはひたすら『ユウナ……ごめん……』と繰り返している。
コスモスの戦士のために涙を流すカオスの戦士。
その歪さが滑稽で、俺はティーダが憐れに見える。
ティーダはカオスにふさわしくないだろう。
コスモスの戦士を助けて、コスモスの戦士のために涙を流すなんて。
「……ケフカにやられるの、俺みてたんだ。見てるだけだったんだ。なんで助けに行かなかったんだ……ごめん。ごめん、ユウナ……」
ティーダはそう言って、一層に涙を流す。
子供のように泣きながら後悔するティーダを見て……俺はティーダへの疑念が全て消えていくのを感じた。
なんで俺はティーダを疑ったのか。
どうしてティーダがカオスなのか。
さまざまなことが納得できなくて、俺はティーダをきつく抱きしめた。
さっきまでと違う俺の様子に驚いたのか、ティーダは顔をあげた。
僅かに赤くなった鼻と、腫れた目。
ずずっと鼻をすするが、もう鼻水が出ていて汚い顔だ。
けど、凄く………不謹慎ではあるが……。
「ティーダ」
「………なんだよ?」
「コスモスの戦士になれ」
ティーダは俺の言葉に目を丸くして驚いていた。
そんな表情も……ああ、そうだ。愛しい。
俺はぐっとティーダを抱きしめるとその首筋に顔をうずめる。
ティーダは俺の服を掴んでいる手をさらにぎゅっと強くした。
ティーダ。そのまま俺を放すな。
このまま、俺達のほうに堕ちてこい。
「コスモスの戦士になれ、ティーダ」
お前はここにいるべきじゃない。
□□□□□
なにを言われているのか分からなかった。
けど、俺の背中に回った腕の力強さとか、肩口に埋められた頭の重さとか首に当たる髪の感触………くすぐってぇ。
それらは酷くリアルに感じられ、コスモスの戦士とカオスの戦士が抱きしめあっているんだと気がついた。
なんだこれ。異常だろ。
完全に馴れ合いだ。
俺って何がしたかったんだ?
そんな今更唐突に自分の立場とか、ここでの使命とか常識とかを思い出した。
コスモスの戦士を助けて匿うのがどれほど異常で見つかったら裏切り者扱いされるかは分かっていた。
なのに俺はスコール助けて……なんでユウナは助けなかったんだよ。
ユウナもやっぱり助ければ良かったじゃん。
確かにあの時はユウナが倒れている場所にケフカが居たけどさ。
ユウナも、親父も、助ければいいんだよ。
「コスモスの戦士になれ、ティーダ」
二回目のその言葉に、俺は唇を噛んだ。
やめろよ。そんな無理なこと言うなって。
俺はそっちにはいけない奴なんだ。
ただ、世界を救った英雄なんかじゃない。
汚い奴だ。この世界で、親父やユウナと会えるのが嬉しくて。
二人が俺のことを思い出さなくても、そこにいるだけでいいんだ。
だから、俺はこの輪廻が回り続けることを望んでる。
俺と親父とユウナを乗せて、いつまでも回るように。
だから、ユウナが倒れても俺は助けなかったんだよ。
でれば俺が裏切り者になって、この輪廻から外される。
親父は倒すよ。
次も復活できるようなくらいの程よさでさ。
俺が負けることもあるけど、親父も本気の止めはさせないみたいだから、復活できるし。
ずっとずっと回り続ければいい。
ここにいる奴ら、全員が俺の勝手な都合で転生し続けろよ。
「………無理ッスよ」
「無理じゃない。……コスモスなら……お前を受け入れてくれる」
「いやいや。無理だって。俺はカオスの戦士ッスよ?悪の陣営なんスよ?」
「そんなの関係ない」
ぎゅっと抱き締めていた腕の力が緩み、俺とスコールの額がこつりとぶつかった。
至近距離で見るスコールの顔は……場違いな考えだけどスすっげーイケメンだった。
僅かに細められた目が俺を見つめてて動かない。頭も、体も動かない。
「ティーダ自身が、悪に染まっていない限り、どこの陣営かは関係ない」
コスモスの戦士はこーいう奴らの集まりなのだろうか。
ていうか、スコールは敵であればなんでもかんでも容赦なく叩き斬るタイプだと思っていたけど……誤算だ。
「っ!?」
「ティーダ?」
体を強ばらせた俺を心配してか、スコールが俺の髪を撫でた。
その手つきの優しさに俺がスコールに何を求めていたのかに気づいた。
俺、本当に馬鹿だろう。
なにやってんだ。考えていることもやってることもすげー滅茶苦茶だ。
「離せっ……!」
「……ティーダ……」
そっと囁かれる優しい声に崩れ去りそうだ。
これ以上はまずい。
これ以上は……スコールに、スコールに失望されなきゃ。
優しくされ続けたら堕ちてしまう。
俺は輪廻の上にいたいんだ。
俺は気づいた本心を閉じ込めて、スコールを突き飛ばした。
考えるのをやめろ。
本心なんて見るな。認めるな。
早く、早くこの戦いを終わらせろ。
「ティーダ!俺と一緒に来い!!」
「俺は……カオスの戦士だ!!」
俺は部屋を飛び出すと、親父を倒さねばとそれだけを考えた。
親父を倒して、コスモスの戦士を全員倒して、それで今回の戦いをカオスの勝利で終わらせる。
そうしたらスコールは記憶の浄化で俺を忘れる。
この戦いで俺に助けられたことも、カードで遊んだことも、抱きしめあったことも何もかもを忘れる。
それでいい。それがいい。
親父を倒したら、スコールを……倒そう。
ばたりと閉じた扉をみつめて、俺は右手をかざした。
さっき、クラウドに見つかっちゃったし、なんか険悪な雰囲気だったし。
この部屋には俺以外は入れないようにしておこう。
鍵を作り替え、これで大丈夫だと肩の力を抜いて……奥歯を噛む。
スコールも倒すとか言ってるくせに、守るようにしている自分は本当に滑稽だ。
思いも行動も裏腹で、自分が迷走しているのが分かる。
「……親父…今、倒してやる……」
そう呟いて俺は廊下を歩き出した。
決して、自分を言い聞かせようとしたものじゃない。
これは俺の本心だ。俺はこの輪廻の永続を望んでるんだ。
『俺と一緒に来い。ティーダ』
リフレインするスコールの言葉に暴かれそうになる自分の本心は、見ないふり。
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どんどん嫌な話になってきてる気がする。
あと2〜3話で終わります。